愚神と愚僕の再生譚
2.くすぶる憎悪③ 今なら特別に、君を副会長にしてあげるよ。
思っている間にも、ツクバはこちらの肩をたたいて残魂研究会の扉を開ける。顎下までのショートヘアは、彼女が躍動的に動くたびに跳ねた。
「じゃあリュー。無事入会も果たしたことだし、早速取りかかるよ」
「はあ……って、え?」
背中を押されて室内へと押しやられながら、リュートは流れに引っかかるものを感じた。
頭の中でリプレイ再生をし、指摘する。
「あの。俺、入会の意思はないんですけどこれっぽっちも」
「なにそれー。利用するだけ利用して、満足したら見向きもしないわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「今なら特別に、君を副会長にしてあげるよ」
「それって要は、メンバーが先輩しかいないってことですよね」
「ふたりよ、君がいるもの」
「分かりました、それについては前向きに検討しておきますから。取りあえず今は助けてください」
根負けし、うんざりと額に手を当てる。
「まっかせて。さ、こっちこっち」
扉を閉めたツクバは親指を立てると、リュートを部屋の中央へといざなった。
使い古しの絨毯に靴底を乗せかけてから、ツクバがブーツを脱いだのを見て慌てて引っ込める。ここは土足厳禁らしい。
ブーツを脱いで今度こそ絨毯に足を乗せ、室内をざっと見回すリュート。
六畳一間といったところか。ただでさえ狭苦しいのに、部屋に対して不釣り合いに大きな棚が、圧迫感を増大させている。陳列されているのは、巨大な角やら怪しげな首飾りやら、触れるのもはばかられるような物ばかりだ。
と、目の高さの棚に置いてある箱に目が留まる。箱の前面には、『対ギジケン用最終封殺兵器』と書かれていた。
指で箱を軽く引き出し、のぞき込む。中にはタンク付きの水鉄砲と、劇薬注意の印が付いた薬瓶がひとつ。
「……余計なお世話かもしれませんが、隣近所とは仲良くした方がいいですよ」
「あたしはそのつもりだったけど、向こうが突っかかってくるんだもの」
彼女はつっけんどんに答えた後、
「ていうかリュー。君、人の近所付き合い気にしてる場合じゃないでしょ」
部屋中央に座り込み、来い来いと手招きしてくる。応じてリュートも、折り畳み式の小さなテーブルを挟み、ツクバと向かい合う形で腰を下ろす。
ツクバはぱんと手をたたくと、好物を前にした子どものように顔を輝かせた。
「よっし。じゃあやりましょうか! まずは確認だけど、残魂が憑いてるのは間違いないわけ?」
「ええ。女が――」
女神が断言しましたし、と滑らせかけた口を慌ててつぐむ。
女神が現在神室におらず、地球人と同化していることに関しては、セシルから箝口令が敷かれている。
それを前提とした場合、神室にいるはずの女神と、一介の神僕であるリュートが話せるのは不自然だ。
「度々、左腕が暴れだすんです。今は落ち着いてますけど」
言い直し、リュートは左腕を机の上に差し出した。
ツクバはリュートの失言には気づかなかったようで、ふんふんとうなずきながら机上の左腕を観察している。
といっても外見的にはなんの異常も現れておらず、案の定彼女はすぐに顔を上げ、思案するように腕を組んだ。
「となると、やっぱスタンダードな対応は聖水だけど……せっかくだし、あたし考案の除魂グッズを使ってみない?」
「考案?」
「そ」
腰は上げずに上半身だけで背後を振り返るツクバ。片手を支えに身を乗り出し、棚の最下段からなにかを引っ張り出してくる。
「聖水をかけるだけじゃ表面的でしょ? もっとこう、根本から聖水をぶっ込むの」
「飲むんですか?」
「もっと直接的かな」
彼女が嬉々として机上に置いたのは、長さ30センチほどのガラス管だった。片側にはストッパーの付いた小さなボトルタンクがあり、中の液体を任意に流し込めるようになっている。
ツクバは直径1センチほどのガラス管の先端――斜めに切られて鋭利な光を発している先端を指でつつきながら、
「ちょっと考えたんだけど。これを直接心臓にぶっ刺して、聖水流し込んだらどうなるかなって」
「死にます」
「えー。君なら気合でなんとかならない?」
「そんなエッジの効いた管ダイレクトにきめられたら、気合関係なく速攻死にます」
「ちぇ、根性ないのね」
(なら自分で試せよ)
リュートは眉の痙攣を必死で抑えながら、胸中でうめいた。彼女には悪いが、全く話にならない。
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