愚神と愚僕の再生譚
1.鬼神の少女② それにしたってこの造形はないだろう
◇ ◇ ◇
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。明け方に鳴きだす種のようで、考えてみれば、耳にする時は大抵布団の中だ。
が、今日に限っては非常に稀な場所で、テスターはその鳴き声を聞いていた。
「なるほどな」
リュートの報告を聞き終えたセシルは、椅子に深く腰掛けたまま彼を見上げた。
「つまりはこうか。セラから突然、その少女が分離して現れた。そして少女は自身――いや、自分たちを堕神だと主張している。喫緊事であると判断し、規則違反の時間外訪問と承知の上で、総代表執務室までやって来たと。その認識で間違いないな?」
「あ、ああ……」
机を前に、自信なさげにリュートが答える。
そして彼の腰に両腕を回すようにして、件の少女がぴったりと張りついていた。全裸ではなく、セラの予備の制服を身に着けて。
(眠……)
脳に靄が懸かったような感覚を追い払おうと、テスターは緋剣の柄を強く握った。その感触が自覚を促す。集中を途切れさすなと。
(まあ、用心するに越したことはないからな)
リュートと少女、その隣に立ち並ぶセラから数歩のいた場所で、発動済みの緋剣を手に様子をうかがう。事実かどうかはさておき、堕神を自称しているのだ。いつでも斬れるようにしておいて損はない。
「女神や神僕のことも知っている。というより、セラがもっている知識は全部、彼女の頭にも入っているらしい」
反応がなくて不安になったのか、リュートが聞かれてもないのに付け加える。ここに来る前、あらかじめ少女に確認しておいた事項だ。
「……ふうむ」
顎に手を当て、もったいつけるように、セシル。
「堕神が現れて、まだ間もない頃のことだ。女神様はやつらをその身に取り込み、浄化しようとお考えになった。しかし取り込まれた堕神は、内部から女神様をむしばみ始めたのだ」
それは神僕なら知っていてしかるべき内容だ。
ただしセラとリュートにとって、その話がもつ意味はまた違ってくる。
「女神様はその侵食から逃れるため――」
「逃れるため、私にそれらを押しつけた」
セラが冷え切った口調で、セシルの説明を遮る。
セシルはその上をいく冷厳なまなざしで、彼女の言葉を補った。
「そう。だから君は堕神を呼べた。そして面倒を起こした」
その罪深さを忘れるなとでもいうように、セシルの目が危なげに光る。
「その少女が本当に、セラから分離して現れたというのなら、堕神と自称するのもうなずける。すでに1週間前、その予兆は確認されているしな」
予兆というのは恐らく、『絶望幼女と狂乱童子』の件だろう。
後にリュートから聞かされたところによると、あれはセラから漏れ出た堕神の魂――だか力の一部だか、とにかくその類いのものだったとか。
(となれば確かにこの現象も、その延長と考えられなくもないけどな……)
それにしたってこの造形はないだろうと、テスターはぽりぽりと頰をかいた。
別に外見に惑わされる気はないが、斬って寝覚めが悪いのには変わりない。
「これは推測だが」
セシルが立ち上がり、机を回ってこちら側へとやって来る。
「彼女は、かつて取り込まれた堕神の集合体だ。女神様に吸収された堕神の魂や力が、ひとつの魂を核として再構築されている。要素となった堕神たちを平均化したものなのか、核となった魂をもとにしているのかは分からないが……人格まで形成するとは驚くべきことだ」
「人格……?」
似合わない言葉を聞いたとばかりに、リュートがつぶやく。
口には出さないがテスターも同感だった。堕神に人格という言葉は結びつかない。
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