愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち⑩ 最低最悪のひどい親だ。
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◇ ◇ ◇ 「――だからね勇人君。勇人君がお母さんを好きなように、お母さんも勇人君が大好きなのよ」  丁寧に言い聞かせようとするセラの言葉に、リュートは、はっと我に返った。どうやら、思い出に浸り過ぎたらしい。  落ち込んでいる様子の勇人を励まそうと、しゃがみ込んで彼と目線を合わせるセラ。勇人の両腕をつかみながら、彼女は優しい言葉を並べていく。  が、少年に大した反応はない。ただぽつりと、 「……母さんは、僕のことなんかどうでもいいんだ」 「確かにそうだな」 「え?」  リュートの同意が信じられないというように、勇人が目を丸くし、こちらを見上げる。 「ちょっとお兄ちゃんっ――」  非難のまなざしは無視して、続ける。 「お前をほったらかしにして妹の方ばかりかまうなんて、母親失格だな。まったくもって言語道断、最低最悪のひどい親だ。ひょっとしてどこぞのゲス学長と遺伝子共有してんじゃないか? きっとお前の母さんにもゲス遺伝子が組み込まれて――」  そこから先は、腹を殴られて続かなかった。 「母さんを悪く言うなっ!」  振り上げた拳をぐるぐる回しながら、勇人が叫ぶ。 「サキはまだ小さいから、母さんも目が離せないんだ。でも、そんなに忙しくても母さんは、僕にできる限りのことはしてくれてる!」 「……分かってんじゃねーか」  リュートは腹を押さえながら、もう片方の拳で勇人の額を小突いた。 「分かってんなら意地張らずに、お母さんを支えてあげようぜ。お前だって本当は妹がかわいいんだろ? 別にずっと『立派なお兄ちゃん』でなくてもいい。お兄ちゃんでいながら、たまに思い切り甘えればいいだろ」 「なんだリュート、道徳教育に目覚めたか?」  背後からの声。近づいてきたのは足音で分かっていた。 「悪いな、あちこち引っ張り回して」  振り返って軽く謝る。  リュートの呼び出しを受けて、ここに来た少年――テスターはスマートフォンを手に、あっさりとした言葉を返してきた。 「別にいいさ。ついでに地球人の街並みってのも見て回れたし。それで、今どんな状況なんだ?」  リュートはDAGダッグ女の居所が分かったこと、一応張ってはいるものの、特に進展はないことなど、これまでの経緯をかいつまんで説明した。 「まあがんくびそろえて見張っても意味ねーし、誰かがここにいる間、他のやつらで教科書のじゅりょうに行こうかと思ってんだけど」 「あ、僕……」  本人なりに空気を読んだのか、やや遠慮がちに勇人が手を上げる。  いち早くくみ取ったのはセラだった。 「あ、そういえば勇人君。欲しい漫画あるとか言ってたわね」 「じゃあ勇人が行くとして、俺らからあとひとりだな」 「俺がここに残るよ」  リュートの言葉に、テスターが間断なく宣言する。  内心テスターが本屋組と決めつけていたため、リュートは思わず問い返した。 「じゅりょうする教科書はお前のだぞ? なのにお前が残るのか?」  テスターは後頭部に手を当て、「実はさー」と決まり悪げに白状した。 「さっき、地球人同士のいざこざに遭遇してさ。成り行きで仲裁したんだけど、若干――若干な、目をつけられたくさいんだよな」 「なにやってんだよ」 「いやなんか、お前にだけは言われたくないけど心底」  こちらにじとりとしたまなざしを向けた後、テスターは気を取り直すように息をついた。 「まあとにかく、そいつにかつに遭遇したくないから、できれば俺はここにいたいかな。DAGダッグの女も、第一印象最悪なお前じゃなく、俺になら態度和らげてくれるかもしれないだろ」 「そうだな……じゃあ俺と勇人で本をじゅりょうしてくるから、ここはお前とセラに頼んでいいか?」 「ああ」 「別に問題はないけど」  答えるセラの瞳に不満がにじんでいるのを、気づかなかったわけではないのだが。 「じゃ、決まりな」  リュートは流れで押し通した。 ◇ ◇ ◇
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