愚神と愚僕の再生譚
7.女神の因子と従僕の意志⑥ 俺がお前を護ってやる。
と――
「ようやく理解したか」
いつの間に目覚めていたのか。女神が身を起こすのを気配で感じる。
「だったら早く、その薄汚い背信者を始末せんか」
「っ! 黙――」
「黙れ女神」
セルウィリアの声を遮り、リュートは肩越しに女神をにらみつけた。
「俺の妹を侮辱するな」
「お兄ちゃん……」
「……っ。なんでもいいから、早くこの場を切り抜けろ愚か者!」
罵る声を背に、リュートは再びセルウィリアへと向きやった。
「…………っ」
目まいがする。耐え難いほどの倦怠感が身体を支配する。
リュートは頭を振り、傾きかけた身体の重心を取り直した。
そんなリュートの様子を一瞥して、
「ねえお兄ちゃん。本当は、ろくに身体も動かないんでしょ?」
セルウィリアが優しく語りかけてくる。
「足元の、それ。カートリッジの鞄だよね。随分持ってきたみたいだけど、動けなければ意味ないんじゃない?」
「どうだろうな」
リュートは制服から増血剤を取り出し、10錠近くを手のひらに出した。そのまままとめて、強引に飲み下す。
セルウィリアは笑って、包丁で牽制しながらなにかを唱え始める。
「あの娘、堕神を呼ぶ気だぞ」
「分かってる。もっと俺のそばに寄れ」
女神の警告に短く答え、
「取引しろ、女神」
ささやくようにして切り出す。
「なに?」
「俺がお前を護ってやる。その代わりに条件をのめ」
セラとリュートの間に堕神が出現する。セラは休むことなく二度目の詠唱に入った。
リュートは気にせず女神に告げる。
「ひとつ、セルウィリアの反逆を不問に処すこと。ふたつ、須藤明美の人生を守ること。三つ、二度と神僕を贄としないこと。命を奪わなくても、時間をかければ回復できるんだろ? それでも力が欲しいなら、俺が少しずつでもくれてやる。神僕は死んでも女神を護る。それを信じて、焦らず力を回復しろ」
一気に言い立てて、左胸をぎゅっとつかむ。増血剤を大量に摂取したせいで、動悸が激しくなっていた。
「この期に及んでふざけているのか? なぜ私がそんな条件をのまなければならない? 貴様自身、命を懸けて私を護ると言っていた。ならば放っておいても、貴様は勝手に私を護る」
女神はリュートの隣へと回り込み、不機嫌を通り越し半ばあきれたようにまくし立てた。
剣帯へと手をやりながら、リュートも負けじと言い返す。
「お前こそいいかげんにしろよ。寂しがり屋の女神のくせに。そんなんだから友達ができねーんだ」
「な、なにをっ……」
意表を突かれたのか、女神が初めて明美の外見に見合う、幼さの残るうろたえぶりを見せた。
堕神はリュートたちを囲うように、次々と幻出している。背後にも次元のずれを感じ取り、リュートは警戒に目を走らせた。
しかし、まだ襲ってくる様子はない。注意深く探ってみると、どうも幻出にも満たない半端な状態らしい。そのためこちらの存在を感じ取れていないようだ。故意かどうかは不明だが、それならばまだわずかに時間はある。
「仲間が欲しいなら歩み寄れ。絶対的頂点から見下ろしてるやつに、仲間なんて得られるものか!」
「…………」
「さあどうする? 迷っているうちにも、堕神はどんどん増えてくぞ」
逡巡する女神の瞳を真っすぐ見て、リュートは叫んだ。
「俺がお前を護ってやる! だから信じろメルビレナっ!」
瞬間、女神の目が開かれる。絶対に聞くとは思っていなかった言葉を、聞かされたかのように。
「知っているのか、私の真名を……?」
「5年間も同化してたんだ。お前の個人情報なんてだだ漏れだ」
「そうか……」
女神が大きくうなずいた。
「――いいだろう。女神メルビレナは、神僕リュートと取引をする」
「その言葉、ゆめゆめ忘れるなっ!」
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