愚神と愚僕の再生譚
6.守護騎士失格① なんともなしに気づく。
◇ ◇ ◇
「っかしいな。どうしたんだ、セラのやつ」
応答のないスマートフォンを耳から離し、いぶかしむ。
体液に触れてしまった明美の健康状態が気になることもあり、何度もセラに電話をかけたのだが、一向につながらない。
(まあ、出ないなら仕方ねーか)
セラを呼ぶのは諦めて、リュートはスマートフォンを、クロスボウとともに机上に置いた。
「さてと」
外では話もしづらいので、リュートたちは多目的室に戻ってきていた。
机の上に腰掛けたリュートは、同じく隣に座っている明美へと向きやり、
「さっきの話の続きなんだけ――……っ!」
引きつるような痛みに襲われ、顔がゆがむ。
胸の辺りに刺すような刺激。
制服の上着を脱いでワイシャツ姿になっていたが、それでも熱くてじっとりと汗ばんだ。体液を浴びた影響なのか、右のまぶたが小刻みに痙攣する。
明美が恐る恐る、こちらの顔をうかがってきた。
「本当に大丈夫なの、天城君? さっきから時々、めちゃくちゃ痛そうにしてるけど……やっぱり保健室行った方がいいんじゃ……」
「本当、に大丈夫。だから」
浅い呼吸を繰り返してから、リュートはぎゅっとまばたきをし、無理やり呼吸を整えた。
正直大丈夫とはいえなかったが、保健室で対処できることではなく、行ったとしても意味がない。
「……ごめんね、私のせいで」
「いやむしろ、助けてもらったのは俺の方だから」
悲痛な顔を見せる明美に、気にしてないことを示そうと笑みを返す。
「……それで、本当なのか? 鬼に触れられるって」
その前提で明美を監視していたとはいえ、実際に聞くと信じ難いものがあった。
しかし明美は困惑した顔を見せながらも、はっきりと首肯した。
「生まれつきか? いつ分かったんだ? 自覚があるってことは、実際に触ったことがあるのか?」
「分かんない。小さい頃から鬼には近寄るなって言われてて、試したこともなかったから。中学生の時、たまたま鬼に触っちゃって……それで分かったの」
畳みかけるようなリュートの問いに、明美が丁寧に答えていく。
「実は渡人……ってオチはないよな?」
渡人が地球人と婚姻関係を結ぶことはないし、渡人の出生情報も厳格に管理されているから、そんなことは有り得ないだろうが……もしやという可能性も捨てきれない。
が、これには明美が即座に、否定を返してきた。
「それはないと思う。父さんも母さんも地球人だし」
答えて、リュートから視線をそらす明美。
夕刻にはまだ早かったが照明はつけておらず、カーテンも閉めてある。そのためか余計に、明美の表情が暗く見える。
「地球人なのに鬼に触れるなんて、なんか怖くて……誰にも知られたくなくて。人と接するのも怖くなって……」
なんともなしに気づく。
「もしかしてその頃か? 須藤が角崎に、その……」
「いじめられるようになったか? そうだね。山本君に聞いたの?」
「まあ、そう……かな」
「じゃあ、私が山本君にしたこと――というか、しなかったことも聞いたよね……最低だよね、私」
明美が潤んだ瞳を瞬かせ、不自然な形の笑みを作る。
さすがに無神経なことを聞いたと気づき、リュートは猛烈に後悔した。
(ここで言うべき言葉も見つからないのに、なに人の痛いとこついてんだ俺)
「別に最低ってわけじゃ……なんか、その、悪い。変なこと聞いた」
「大丈夫」
小さく笑って首を振り、明美は気を取り直すようにして聞いてきた。
「ねえ。天城君と水谷さんが私のそばによくいたのは、ひょっとして私の体質を調べるため?」
「ああ」
「そっか、残念」
実際がっかりしたように、肩をすくめる明美。床から離れた足裏を持て余すように、足をぷらぷら揺らしている。
応援コメント
コメントはまだありません