愚神と愚僕の再生譚
2.地球人と疑惑と渡人⑧ そういう体質ってだけ。
◇ ◇ ◇
「――それでね、飯島先生はああ見えて、すっごい子煩悩なの。職員室の机には娘さんの写真ばっかり。それがまたかわいくて。あれは母親似なのかなっ?」
さりげなく失礼なことを言ったところで、明美はようやく話を止めた。
家庭科教室棟裏にある、打ち捨てられたようにみすぼらしいベンチ。
そこに腰掛けながら、リュートたちは昼食を取っていた。
明美の手には、くしゃくしゃに丸められた袋が握られている。激わさびパンが入っていたビニール袋だ。
リュートからすれば激わさびパンは、周囲に漂うその香りだけで喉がひりつきそうだったが、明美はぺろりと――自動販売機に寄り忘れたせいで飲み物もないのに、本当にぺろりと――、平らげてしまった。
リュートはあきれ半分感心半分な心地で、周囲にざっと視線を配った。
すでに癖になりつつある挙動であったが、この場所はそんなものが必要ないくらいに閑散としていた。リュートら以外には誰もおらず、正面に見えるのはフェンス沿いに生える、かすかすした細木の一群くらいだ。
昼食場所については明美の提案だったが、今は人目にさらされたくないリュートにとっては、願ったりかなったりの場所であった。今後も使えそうだと、脳内の校内配置図にマーキングをしておく。
リュートはクリームパンの最後のひと欠けを口に含むと、ポケットから小さな袋――神僕が開発した、環境に負荷を与えない特殊素材の袋――を取り出した。口を広げたそれにパンの包装袋を放り込み、明美に向かって手のひらを突き出す。
「ん」
「え?」
「袋」
視線で、明美の手にあるパン袋を指し示す。
「あ、ありがと……」
明美はやや躊躇しながら、袋をリュートの手に預けると、
「天城君って、意外に真面目?」
「これ着てる時はな」
意外に思われるほど不良な姿をさらした覚えもなかったのだが、ともあれそれについては流し、リュートは守護騎士の制服を指でたたいた。守護騎士のポイ捨て写真がインターネット上にさらされ、炎上したのはそう昔のことでもない。
ごみをまとめ、口をきつく縛った袋をリュートがポケットにしまうのを見届けて。明美が声音を一段階下げて聞いてくる。
「あの……肩、大丈夫かな?」
「ああ。もう治った」
「え、もうっ?」
「ああ」
「すごい、昨日はあんな大怪我だったのに」
目を丸くする明美に苦笑を返す。そんなに驚くのは地球人ならではだ。
「やっぱり渡人はいろいろ違うんだねー。体重も軽いんだよね、羨ましい」
「俺たちの体重は確かに地球人に比べて軽いけど、それだけだ。そういう体質ってだけ。月だと体重は軽くなるけど、別に羨ましくはないだろ? 重力が違うからって、それだけだ――まあ俺たちの場合は物理を超えた『存在感の質量』の話になるから、一緒くたにするのも乱暴だけどな」
「そっかー」
細かい話にはあまり興味がないのか、明美は不自然に小刻みな相槌を重ね、
「でもうん、そうだね。台風の日は吹き飛ばされないか心配だし、いいことばかりじゃないかもね」
変なところで同情してくる。
思わず吹き出してから、リュートは腕時計を確かめた。授業開始まであと十数分。
「そろそろ行くか――と、悪い」
胸ポケットを通して、バイブレーションの振動が伝わってくる。
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