愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち② とってもとっても大事なイベントだ。
◇ ◇ ◇
「もう、遅いよお母さん!」
「ごめんね、用事が長引いちゃって」
正門そばに植えられた桜の木に背を預け、目の前を横切っていく親子連れを見送る。エリザベスとその母だ。
エリザベスの母は娘に手を引っ張られて、前のめりに歩を進めていたが、リアムに気づくと微笑んで手を振ってきた。
曖昧に笑い、会釈を返すリアム。
リアムがひとりで座り込んでいるのを気にしたのか、エリザベスの母は口を開きかけるが、
「ほら、お母さん早く早く!」
「分かったから、そんなに引っ張らないで」
エリザベスに強引に引っ張られ、そのまま校舎の方へと姿を消していった。たぶん、談話室に向かったのだろう。
「……寒い」
白い息を吐き、リアムは膝頭を抱え込んだ。
コートを着込んでいるとはいえ、もう12月の終わりだ。外で1時間も待ちぼうけ、身体はかちんこちんに冷えていた。ズボン越しに地面の冷気が伝わってくる。
――中で待てばいいだろ。
父親を迎えたレオナルドが、去り際に残した言葉を思い出す。自分だって震えながら待っていたくせに、親が来た途端に余裕ぶるのがレオナルドらしい。
(中にいたら、すぐ出迎えられないじゃないか)
リアムは頰を膨らませ、膝頭に顎を預けた。
土曜の午後と日曜は、初等訓練校生が親に会うことのできる、数少ない機会だった。校地内の寮で集団生活を送る生徒にとって、親の土日訪問はとってもとっても大事なイベントだ。
(なのに最近の母さんは、あいつばっか構って)
そのせいで、もう何週間も会っていない。自然と顔がしかめっ面になる。
(……でも、今日は久々に会える。なにしようかな。話したいこといっぱいあるから、ただしゃべるだけでもいいや)
しかめっ面から、にやけ顔へ。粘土のようにぐにゃぐにゃと表情を崩しながら、門の外へと視線を移す。
外出許可をもたない3年生のリアムにとって、生で感じる『外』は、ここから切り取られた景色だけ。
母はいつもそこからやって来る。もちろん今日も。
(ちょっと遅れてるけど。母さんは絶対に来る。だって約束したんだから)
疑っているわけではない。わけではないが、いつの間にか祈るように口に出ていた。
「絶対来る。母さんは来る。絶対に――」
「来ない」
積み上げた想いを打ち崩すかのごとく、問答無用で言葉が割り込む。リアムはびくりと身をすくませた。
声のした方を見上げると、いつの間にか隣に父が立っていた。
「と……学長」
父さん、と言いかけ、じろりとにらまれ言い直す。
父はかたくなに、自分の夫婦・親子関係を隠している。そのためリアムたちは実の親子であるにもかかわらず、父子の触れ合いとは縁遠い関係にあった。
リアムの隣に立ちながら、父が続ける。
「リシリューは来られない。セルウィリアが熱を出して、目が離せないそうだ」
「またセルウィリア……」
セルウィリア。
泥のようにまとわりつくその名前に、下唇を嚙む。あいつが生まれてから、自分はほったらかしだ。
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