愚神と愚僕の再生譚
1.守護騎士来校⑨ 狙うは赤い《眼》ただひとつ。
女神の魂を探しに動いたのか、傷つけられた仲間を見て、攻撃衝動より逃走反応が勝ったのか。それともただの気まぐれか。
目に入ったのは、こちらに背を向けて走る堕神の姿。
そしてその行き先が問題だった。廊下の突き当たりには生徒たちがいる。
「おい、逃げろお前らっ!」
焦燥を含んだ声は届いたはずだった。
だというのに、誰ひとりとして逃げ出そうとしない。それどころか「鬼さんこちら!」という馬鹿げた言葉まで聞こえてきた。
「あいつらっ……」
あまりの愚行に歯をきしませる。今さっき堕神は、特殊な幻出をしたばかりなのだ。生徒たちに本当に触れられないと、一体誰が言い切れる?
どくんと胸が騒ぐ。
頭ではなく、リュートという存在の根幹が訴えてくる。地球人を、堕神の危険にさらしてはいけないと。心ではなく、因子に組み込まれた神僕としての本能が、女神の魂を――地球人を堕神から護れと訴えてくる。
あらがえない使命感は、はっきりと不快だった。
「ったく、ふざけんな!」
罵りながらも身体は動いていた。廊下を強く蹴り、その勢いで走りだす。
速く、疾く、とにかく速く。
なにがなんでも引き止めなければならない。緋剣にまとった血も解いた。今は走ることだけに集中すべきだ。
「こっち向けぇっ!」
命令と懇願が入り交じったかのようなかけ声だった。
全力でぶつけた敵意を感じ取ってくれたのか、堕神がゆっくりこちらを振り向く。
しかし堕神と生徒たちの距離は、数メートルもない。迅速に処理する必要がある。
(あんまやりたくねーんだけどな……)
この状況では仕方ない。
堕神のそばまで接近すると、リュートは思い切り踏み切った。天井近くまで飛び上がったところで、カートリッジを入れ替える。
こちらに向けて、拳を突き上げてくる堕神。壁を蹴ってギリギリのところでかわしながら――リュートは真っすぐ緋剣を突き出した。
狙うは赤い《眼》ただひとつ。軟らかく、最も傷つけやすい部位。
だがそこを狙う守護騎士はあまりいない。
理由は単純、危険だから。
剣先がやすやすと《眼》にのみ込まれる。と同時、弾力をもっていた《眼》が瞬時に液状化し、飛散する。
リュートは緋剣から手を離し、液体から逃れようと堕神の肩を蹴ったが、間に合わなかった。はじけた液体の一部が脇腹にかかる。
「っ……」
体液が肌に染み渡る、嫌な感覚。
堕神が触れられるのは神僕だけ。どれだけ重装備していようと、その体液は服を透過し直接肌を襲うのだ。
受け身もおざなりに床に倒れ込み、腹を押さえて低くうめく。
「う……ぐっ……」
体内に侵入した堕神の体液は、本体が消えても消失せずに、神僕の因子を破壊する。
守護騎士が自身の血で堕神を倒すのと原理は同じだが、こちらはより強力で、触れただけでその身をむしばむ。体内の因子が堕神の因子を浄化するまで、ひたすら耐えることを強いられるのだ。
……という知識はあっても、体験するのは初めてだった。表皮から骨まで高速研磨されれば、こんな感じがするのかもしれない。床に爪を立てながら、歯を食いしばって必死に耐える。
(そうだ、堕神……)
薄目を開けてその消滅を確認しようとした時、目の前に迫りくる足があった。
「――っ!」
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