愚神と愚僕の再生譚
6.守護騎士失格⑦ 死をもって償うべきだ。
……身体が動かない。どころか、考えることすらままならない。ただ白濁とした意識の中で、自分が支配されているという感覚はあった。
自我が侵され、支配者の意識に染まっていく。もうすぐ『自分』は消失する。おぞましいことのはずなのに、むしろそれを渇望してしまうのは、すでに消失が始まっているからか……
…………そんなの、認められるかっ!
彼はあらがった。消えゆく意識をかき出し、己を見つけ、しがみついた。侵略者は彼から大切なものを奪い去り、今度は彼自身をも奪略しようとしている。
――ゆる、さない……ろしてやる。殺してやる!
激情は存在への楔となった。辛うじて残る意識の中、呪いの言葉を吐き続ける。それが己の証しとなるように。
――殺してやる。殺してやる。絶対に殺してやるからな……女神……っ!
ぱっと闇が晴れ、場面が変わる。
目に入ったのは、暖色の光に照らされた、石張りの床。硬く冷たい感触が、頰に伝わる。
(ああ。また、この夢か……)
うつぶせに倒れたまま、うつろなまなざしで漠然と感じる。だが同時に、それを知らない自分がいる。夢の中の自分は、夢であることを知らずに『現実』の時を刻む。
リアムは喉をこじ開け、か細くしわがれた声を絞り出した。
「畜生……女神なんて、大嫌いだ……母さんを返せ。セルウィリアを返せよ……」
床に爪を立てようとし、痛みが走る。無抵抗に曲がった指には、爪が残っていなかった。
ただれた喉奥からは血の味が込み上げる。なにかで洗い流したかったが、唯一与えられる飲み物は役に立たない。栄養価は高いらしいが辛みが強く、そもそもそれが喉を灼いた。
「昨日前進したかと思えば、また後退か」
深いため息と、落胆の声。
顔は見えない。顔を上げる気力もないリアムには、眼前にそびえ立つ足しか見えない。
「君は神僕の連帯を乱した。女神様に歯向かい、非常に罪深い事態を引き起こした。おいそれとは受け入れられない――死をもって償うべきだ」
言葉に重みを増すためか、自身でその重みを嚙みしめているのか。
声の主――セシルはしばしの間を置いて、後を続けた。
「……しかし私とて、お前を失いたくはないのだ、リアム――だから……改めなさい。その汚れた考えを。心から悔い改めて、やり直しなさい」
「女神なんて……」
「女神様」
淡泊な訂正とともにセシルの足が浮き、下ろされる。血まみれの手――その指先に。
「ぅぁ……」
痛い。
「よいか、リアムは死んだ。今からお前はリュートだ」
「リュート……?」
聞いたことがある。それはリアムを身ごもった際、母が考えていたリアムの名前だ。
「復唱しなさい――護るべきは、個でなく世界」
「…………」
「復唱しなさい」
セシルが足をひねる。硬い靴底に指が押し潰された。痛い。
「さあ」
「護るべきは、個でなく世界……」
「神僕よ、女神様のために在れ」
「女神様の、ために在れ……」
痛い。
どうしようもなく痛い。痛いのが嫌で、結局いつも女神を崇める。母と妹を殺した女神を。
鼻の奥がつんとする。喉は渇きを訴えているのに、顔は十分過ぎるほど涙で濡れているのに、それでもなお流れ出てくる。際限のない後悔のように、止まらない。
痛みに負けない心が欲しい。
気が遠くなる。視界がまた暗くなる……
応援コメント
コメントはまだありません