愚神と愚僕の再生譚
7.女神の因子と従僕の意志③ リュートはまた失うことになる。
堕神の元へと駆け、放たれた蹴りをかわした流れのままに、敵の腹へと緋剣を突き刺す。
現状では、セラが堕神を任意に操っているのか分からない。召喚しかできないならば、セラの元へ堕神を誘導して襲わせるという手もあるが。
(恐らく堕神は、彼女より俺に引きつけられる)
セラがAR専科生であることから考えると、彼女の保有因子比率はテスターよりも低い。
テスターとセラがいたとして、堕神が引きつけられるのは、より濃い女神の因子をもつテスターの方だ。それに、
(悠長なことやってっと、女神様の存在に気づかれちまう)
報告からすると今までは、女神の宿主が堕神に襲われることはなかったらしいが……
一度女神が目覚めても同様なのかは不明だし、実際に確かめようとも思わない。これ以上、失態を演じるわけにはいかない。
(出てきた瞬間に潰すのが確実!)
緋剣を引き抜こうと柄を握る手に力を込めた瞬間、背後に次元のずれる気配。
「そーいや、二重幻出もあるんだっけな!」
足で堕神の腹を蹴り、同時に薙ぎながら緋剣を引き抜く。中央から身体を裂かれた堕神が、空気に溶けるようにして消滅した。
と、後頭部にプレッシャーを感じ、テスターはその場にしゃがみ込む。
半ば勘のようなものだったが、堕神の腕が頭上を通り過ぎていった。素早く下をくぐって堕神の捕捉範囲から抜け出すと、跳び上がって、まだ空振りを続けている腕へと着地する。
(俺はリュートみたいなマゾじゃないからな)
堕神の《眼》に思い切り緋剣を打ちつけると同時に柄から手を放し、巨大な腕を踏み台に高く跳ぶ。
下方で体液をまき散らしながら消える堕神を目の端に、テスターは空中でダガータイプの緋剣を抜いた。カートリッジは挿さずに、そのまま目標に向かって投げつける。
3体目の堕神を召喚しようと唱えているセラに。
「っ……!」
セラがよけ、一時的にせよ詠唱が止まる。
テスターにはそれで十分だった。緋剣を手放した次の瞬間には、左腰の緋剣を抜いていた。意識すら追い抜く速さで発動させると、
「上から失礼!」
「っきゃ!」
落下しながらセラへと斬りつける。セラは再び床へと倒れ込んだ。
テスターはセラの手首を蹴って包丁をはじき飛ばし、倒れた彼女の上に馬乗りになる。
緋剣を振り上げると同時、セラが露悪的な笑みを浮かべるのが見て取れた。
「しまっ……」
いつの間に隠し持っていたのか。セラは左手に握ったハンドガンを、テスター目がけて発射した。
避けるには距離が近過ぎた。
首筋にちくりとした感触。
(打ち込まれた……毒か⁉)
薬の正体が分からない。
なら、効果が出る前に確実を期さなければならない。確実に、セラという脅威を排除しなければならない。リュートはまた失うことになる。
「悪いな!」
一言にふたり分の謝罪を込め、緋剣を振り下ろ――そうとし、先ほどのセラの状況を追体験するかのように、右肩に衝撃を受ける。
「なっ⁉」
続けざまに脇腹に深い蹴りを入れられ、テスターはセラの上から転がり落ちた。
「悪いな、テスター」
声が降りてくる。
見上げると息を切らし、大きな手提げ鞄を持った、守護騎士姿の少年が目に入った。顔の右半分が、痛々しい青黒い痣で覆われている。慌てて着込んだのかワイシャツは着ておらず、上着の前ボタンを留めてもいない。激しく動いたせいで、包帯もほどけかけていた。
「痛い、んだけど」
言いながらも、セラへの一撃は諦めていない。テスターは、緋剣の柄を強く握り直した。
が、すでに維持できるほどの集中力はなく、血刃は液体に戻って床を濡らしていた。
朦朧とし始める意識の中、テスターは己の不遇を呪った。
(俺なりに気遣ってやったのに、それはないんじゃないのか。リュート)
◇ ◇ ◇
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