愚神と愚僕の再生譚
5.立場の選択④ お兄ちゃんになにかしたら、許さないから。
倒れた椅子を戻す余裕もなく、目の前の少女を憎々しげに見下ろす。
「あんた……なに勝手に出てきてんのよ」
全力の敵意をぶつけられた少女――いや、女神は抱えていた木箱を机に置くと、億劫そうに肘をついた。額を手のひらに預け、挑発気味に言ってくる。
「須藤明美の意識は沈んでいる。無理に押し出てきたわけではないのだから、別に構わぬだろう?」
「構うわよ。あんたの存在自体が大迷惑。私たちを散々振り回しておいて、よくのうのうと出てこられるわね」
「迷惑という点では、貴様らも人のことはいえぬだろう。世界を滅ぼそうとした痴れ者が」
相変わらずのふてぶてしさが、神経を逆なでするが。
(貴様ら? 誰のことを言ってるの?)
ひとりは当然自分だろう。ふたり目は、順当に考えれば兄のことを指しているのだろうが……女神の支配を拒絶したとはいえ、『世界を滅ぼそうとした』は言いがかりが過ぎるのではないだろうか。
(それとも、他の誰かのことを言ってるの……?)
わずかに生じた疑念が、ボルテージの上昇を抑え込んだ。
セラがその疑念を口にする前に、女神がひとり自己完結して目を細める。
「まあよい。私に仇なす者には、相応の罰が下る運命だ」
「やってみなさいよクズ女神」
「今のうちに、兄妹水入らずの時間を過ごしておくことだな」
愉悦に満ちた笑みに、ぞくりとしたものを感じる。
「……どういう意味?」
「さあ?」
空とぼける女神。
セラは下唇を嚙み、金槌を握る手に力を込めた。
「お兄ちゃんになにかしたら、許さないから」
「許さない?」
「そうよ、許さない。身をもって後悔させてやるっ!」
畳みかけるように身を乗り出す。
が、伸ばした左手が女神に触れることはなかった。
無駄のない動きで立ち上がった女神が、こちらの手をすり抜けるようにして懐へと入り込んでいた。
「痛っ……」
金髪を一束乱暴に引っ張られ、セラは顔をゆがめた。
つかんだ髪束を頼りに身を手繰り寄せ、女神が耳元でささやく。
「かたくなに私の存在を拒む。貴様はひどく不愉快だ」
「お互いさまでしょっ……!」
セラは幾本か髪が引き抜かれるのも構わず、罵声交じりに女神を突き飛ばした。
女神は逆らわずに後退すると、それで終わりとばかりに机を回り、木箱を抱え上げて扉へと向かった。
慌てたのはセラだ。
「ちょっと! どこ行くのよっ?」
「用事だ」
「用事って……」
追いかけてくるセラを振り向きもせず、すたすたと女神が歩く。
「お前に構っている暇はない。どうしてもというなら、力ずくで止めることだな」
「言われなくとも――」
女神の肩をつかもうとセラが近寄ったその時、女神は、ばっと振り向き木箱を投げつけてきた。
「……っ!」
辛うじて避けられたが、足がもつれて尻餅をつく。その間に女神は教室の外へと出てしまった。
「ふざけた真似をっ……」
セラは歯ぎしりして立ち上がった。なりゆきで握ったままだった金槌を、しっかりと握りしめ。
(なにかしでかすつもりなら――殴り倒してでも止めてやる!)
◇ ◇ ◇
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