愚神と愚僕の再生譚
4.学校ウォーズ⑧ ……同じだよ。地球人と。
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 けっきょくがさらに分岐し、しんの体内を刺し貫いていく。首から赤い華が咲いたかのようだ。そして――  手前まで来ていたしんは動きをめると、一度びくんと身をすくませ、その身を世界から消した。けっきょくだけが取り残される。 「……っくは」  張り詰めていた意識から解放され、リュートは息を吐き出す。頭上から落下してきたけっきょくは途中で融解し、自身の血を頭から浴びる羽目になってしまった。  が、この際もうどうでもよくて、どさりと地面に身を投げ出す。  大の字で見上げた空はきれいな青色で、荒ぶった心も吸い込まれていくようだった。  しかしとがった感情がひとかけら、胸の奥に取り残された。それは喉に刺さった小骨のように、しつこく存在を主張する。 (別に楽しんでるわけじゃ……ねえよな?)  時折不安になる。しんに向ける攻撃的な意識が、快楽から来ているのではないかと。  それを否定する確たる証拠は、心のどこを探っても見つからない。  だからこうして時折、戒めるように思い返すのだ。知らぬうちに、のまれてしまうのが怖いから。 (あー……いい天気だな)  休憩がてら寝転んでいると、近づいてくる気配があった。  視界に入り込んだ未奈美の手にけんがあることを確認すると、リュートは皮肉たっぷりに言った。  「1本じゃ飽き足らねーのかよ」  未奈美がむすっと口を閉ざしたまま、けんを無造作に放ってくる。それは剣身けんしんに付いた血を飛ばしながら、リュートの腹の上へ落ちた。少なくともこのけんは返してくれるらしい。  けんを手放した後も、未奈美はその場を離れなかった。リュートを促すこともせず、ただこちらを見下ろしている。  彼女のなにか言いたげなまなざしに、恐らくは抗議だろうと覚悟――というかうまいこと聞き流すための心の準備――をする。 「……かばわなくたっていいのに」  未奈美の発した言葉は、思っていたのと少し違った。  怒っているというよりは、後ろめたそうに、ぽつりと付け足す。 「してまで。どうせ私にはさわれないんだからさ」 「それでもまもるのが、カルテンベルクの取り決めだろ」  そっけなく返す。  頭のふらつきはだいぶ収まった。けんを支えに立ち上がり―― 「……れ?」  力が抜けた身体からだが、再び地面に倒れ込む。 「なにやってんのよ」 「いや……」  戸惑いながらも起き上がろうとするが、なぜか力が入らない。 (やっぱ血を抜き過ぎたか……)  しばらく動けそうにない。  セラにどやされるのを覚悟で、リュートは胸ポケットのスマートフォンへと手を伸ばした。 「ったく。ひとの目の前で、これ見よがしにふらついて」  ぶつくさとこぼしたのは未奈美だ。  彼女はかがみ込んでリュートの腕をとると、自分の肩に回して、 「立場上、放っておけないじゃない」  担ぐようにして立ち上がった。 「へ?」 「ほら、けんしまって」 「あ、ああ……っておいっ」  けんを収めたところで、未奈美はよいしょとリュートを背負った。 「暴れないで。軽いといっても、それなりには重いんだから」 「いやつか男として、背負われるのはさすがに」 「しょっぼくれたプライドね」  ばっさり切り捨て、未奈美が歩きだす。リュートを背負っているためゆっくりとではあるが、危なげない足取りだ。 「保健室でいいでしょ。あとセクハラとか騒がないでね」 「そういうのはどっちかっつーと、オレが気にすることだと思うんだけど」 「なにそれ。古くっさ」  リュートの顔は血まみれだった。背負えば当然スーツが汚れるはずなのに、未奈美は全くちゅうちょしなかった。鬼をかばった時もそうだ。パンプスが砂まみれになるのも構わず、一直線に飛び出してきた。  できるだけ顔の血が付かないよう気をつけながら、リュートはつぶやいた。 「……悪い。助かる」 「別に。教師として助けただけよ。あなたたちお得意の、『それが役割だ』ってのと同じ。そこに意志はないわ」  素っ気ない返答に、言い訳じみた言葉が漏れる。 「……俺たちは、ただやみくもにまもってるわけじゃ――」 「どうかしら。あなたがどうこうではなく、わたりびとという種全体に、私は確固としたものを感じられない」  未奈美がかぶりを振る。 「あなたたちは、自分たちが別世界の人間だという。それは分かる……いえ細かいことは分からないけど、受け入れることはできる。でも、あなたたちがなにを考えているか分からない。だから怖い」 「……同じだよ。地球人と」  リュートはつぶやいた。  幼い頃、冗談交じりに仲間と愚痴り合った時のことを思い出す。 「本当は武器を持ちたくないし、趣味を見つけて打ち込んだり、将来の夢に悩んだりしたい。家族や友達とは、鬼とは関係ない思い出をつくりたい……たぶん本当は――少なくとも俺は、君らの生き方に憧れる」 「そう」  未奈美は決して振り向かなかったが、声にはれんびんの情がうかがえた気がした。  しかし続く言葉に容赦はなかった。 「じゃあどうして、鬼を踏み台に生きる道を選んだの?」  互いに譲れないものがある。  そこまではたどり着けるのに、あと一歩が分かり合えない。  見上げると、空はどこまでも青かった。そのすがすがしさは、愚かな衝突でぐだついている自分たちを皮肉るかのように突き抜けている。 「……なんでだろうな」  答えられない質問が存在する限り、隔たりは消えないのだろうか。  未奈美の背中に揺られながら、リュートはやり切れないむなしさにとらわれていた。 ◇ ◇ ◇
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