愚神と愚僕の再生譚
4.抜き打ち模擬戦トーナメント⑤ あいつは純粋に強いからな。
◇ ◇ ◇
「ミネルバ失格。勝者リュート!」
「……っふぅ」
通算9回目の試合を終え、リュートはその場に座り込んだ。
セラ言うところの地味っこいやり方のせいで、だいぶ疲労がたまっていた。汗で湿った髪をかき上げ、息をつく。
「すごいっ、すごいですリュート様! 次決勝ですよ? 勝ったら優勝しちゃいますよぉーっ!」
ぴょんぴょん跳ねながらやって来たセラが、こちらを見下ろしながら両手を広げる。
称賛されているはずなのだが、ドッグショーで活躍した飼い犬を褒めているように見えるのはなぜだろう。
(ってそれだと俺が飼い犬じゃねーか)
なんだかむなしくなり、頭を振って自虐的な発想を追い払う。
リュートは立ち上がって周囲を見渡した。
「最後はどのブロックでやるんだ?」
「Aブロックらしいです。ささ、行きましょ行きましょ」
「もうちょっと、休み休みできると思ってたんだけどな」
運動着の襟をつまみ、ぱたぱたと揺らして風を取り込む。
決勝ということもあって、体育館内の熱気は最高潮に達していた。元々見学していた下級生に加え、模擬戦で敗退した生徒たちもいる。
皆決勝を見るために集まっているらしく、Aブロックの周囲にはかなりの人だかりができていた。コート内にはみ出さんばかりの数だ。
「はいはーい。ちょっと失礼しまーす。リュート様通りまーす。通せんぼやめてくださーい。リュート様、リュート様が通りまーす」
「いやさすがに連呼はやめろよ!」
無自覚にリュート『様』を周知していくセラに、一応あがきだけは見せておく。
「ったく――んで、決勝相手は誰なんだ?」
Aブロック受付で採血管を提出し、ホワイトボードへと目をやる。ちょうど教官が、決勝の対戦表を張り出したところだ。セラがすらすらと読み上げる。
「決勝相手は5回生テスター。登録武器は緋剣のみ。ペア訓練生なし――基礎実技クラスで拝見したことありますけど、テスターさんって本当にお強いんですね。決勝まで残るなんて」
「ああ。あいつは純粋に強いからな」
なんとなく予想はしていた。テスターの場合はリュートと違って、正攻法でも十分に決勝までいけるだろう。
……と、気づく。
「そういえばテスターもG専科生だけど、『様』は付けないのか? 他のやつらにも」
「リュート様は特別です。私は、臨時とはいえ『守護騎士の任に就いている』リュート様の、専属アシスタントなんですから」
「……あっそ」
今度こそ諦めて、教官からカートリッジを受け取ると。
「決勝戦。5回生テスター対5回生リュート。位置に着いて」
待っていたかのように、審判が指示を出す。
「ファイトですリュート様っ! 勝ったら優勝ですよ女神の間ですよっ! ここで負けたら私ちょっと動揺して、カートリッジ作製で驚きの採血量をたたき出しちゃいますよーっ!」
もし負けても、と言っていた彼女はどこへやら。
脅迫じみた声援を送るセラに、後ろ手を振りコートへと入る。目は、対面に位置着くテスターを見据えて。
テスターはこちらと目が合うと、にっと笑って片手を上げた。少なくとも見た目には、疲れている様子など微塵も感じ取れない。
「両者、武器を用意して」
十度目ともなるとだいぶコツもつかめてくる。
1回戦の時よりも早く正確に刃を生み出し、リュートは呼吸を整えた。テスター相手にまともにやり合うつもりは毛頭ない。
(とにかく時間を稼いで、あいつが自滅するのを待つしか――)
「ってなんだよそれ!」
緋剣を握っていない左手で、思わずテスターの手元を指す。
「なんだよって、緋剣だけど」
涼しい顔で答えるテスターの両手には、左右それぞれ緋剣が1本ずつ。
緋剣はそれほど重量がないため、二刀流自体は可能だ。問題は、2本同時に具現化するのは難度が高いということ。
それをテスターは、難なくやってのけている。
「2本ってなに考えてんだ!」
嚙みつくリュートに、テスターはさも当然とばかりに口を突き出す。
「だってお前、持続力だけでいえば化け物レベルじゃん。じり貧が嫌なら、速攻で追い詰めるしかないだろ」
「っざけんな! お前なんかとまともにやり合えるわけ――」
「始めっ」
「ぁあくそっ」
不満を言い終えるより先に開始の合図がなされ、仕方なく臨戦態勢に入る。
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