愚神と愚僕の再生譚
4.学校の怪談⑤ 俺はなにも言ってねーぞ!
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「し、知らないわよ私!」  珍しく大きな動揺を見せて、セラが抗弁してくる。  しかしリュートは、彼女が否定の中に、一抹の疑念を抱えているのを見逃さなかった。 「なんか後ろめたいこと打ち明けるなら今のうちだぞ!」 「だから知らないってば! ただ最近ちょっと――」  言いかけたセラは、扉がく音でぶつりと言葉を切った。 「やっぱりそう簡単には見つからないわよねー」  投げやりな口調で、ツクバが部屋へと入ってくる。隣にはテスターも一緒だ。眠気からかツクバの相手をしたからなのか、その顔には早くも疲労の色がうかがえる。 「でもま、1週間も続ければ、さすがになにかしら見られるわよね」 「それ見えたとして、極度の睡眠不足による幻覚じゃないですかね」 「なによもうへばってきたの? 最近の子は徹夜もろくに――」  説教くさく言い始めたところで、ツクバがこちらの異変に気づいた。 「どしたのふたりとも。目かっぴらいちゃって」 「あ、いえ」  もやも消え声も途切れて。それこそ幻覚のように定かでない現象を――特になぜかセラから出てきたということを――どう伝えたものかとリュートとセラが悩んでいると。 「……どいよ、ひどいよお父さん……」  再びすすり泣きが始まった。  ツクバは一瞬眉をひそめたものの、すぐにそれが自分の求めていたものだと気づいたようだ。リュートとセラの間にバッと割って入ってくると、 「なんだいるじゃない! リューってば、気づいてたんなら連絡してよね!」  懐から小型の機器を取り出し、声のする方へと向けた。 「どうするんですか先輩」 「取りあえず録音して観察、手に負えそうなら対処で、無理なら報告して上任せ」  問うテスターにツクバがテンポ良く、己に都合のいいシナリオを言い並べる。  とはいえ自分になにか案があるわけでもないので、リュートは静観することにした。  が、すぐにそうもいかなくなった。  すすり泣く声に入り交じるようにして、なにか他の声が聞こえ始める。うめき声のようだ。 「お兄ちゃん、そこ」  セラが指し示したのは、先ほどもやが消えた辺り。そこから再びもやが生まれ始めている。 「なんなんだ?」  もやを初めて見るテスターが、いぶかしげな声を上げる。一方初見ではないリュートは、再度姿を見せたもやの動向を察しつつあった。  うめき声はその音量をどんどん上げながら、すすり泣きに重なっていき、ついには主音声の座を奪い取った。  そしてもやの方はというと、人のような姿を形成していた。印象でいえば、以前見たざんこんの現象に近い。しかしこちらの方がもっと粗雑だ。  一応ひとがたを模してはいるが、顔の輪郭は曖昧で、目鼻立ちという以前に目鼻がない。一応ついているだけといった、特に特徴もない口。しかし全体として、無個性すぎるが故に極めて個性的な顔となっている。 「……ぐ……さない……許さない……馬鹿にして……」  えんの声を上げるのっぺらぼうは、顔以外は一応特徴があり、純黒の髪を生やしていた。幼い体格を包むのは初等訓練校の制服だ。 「え、なにこれ? もしかして狂乱童子? やだどうしよう! 手が足りないわ!」  ICレコーダーを片手にうれしい悲鳴を上げて、ごそごそと懐に手をやるツクバ。  それを横目に、リュートはぜんとつぶやいた。 「んだよ。共通点、黒髪と制服だけじゃねーか」  不名誉なうわさの割に火元はいい加減だった。いや、だからこそ安易に不名誉なうわさが立つのか。いずれにせよ、面白くない話ではある。  などと考えていると、 「……さない! 僕を馬鹿にするやつは許さない!」  ひとがたが叫び、予備動作もなく襲いかかってきた。 「なんだよいきなり! 俺はなにも言ってねーぞ!」  リュートは毒づき後ろへ跳んだ。思わずけんに手が伸びるが、このような怪現象に効くとも思えず、ちゅうちょが出る。  ひとがたは1メートルほどまで距離を詰めてくると――そこでぴたりと動きをめた。 「…………?」  リュートは疑問をたたえた目で、ひとがたを見据える。ひとがたは目のない顔を、じっとこちらに向けていた。 (どうしたんだ? まさか『僕はあなたです』なんて言うわけじゃねーだろうな)  目がないのに視線は感じるという不思議な体験をしながらも、リュートはひとがたをにらみ返した。  数秒にも満たない時間で、なんらかの心が通じ合う――などということはもちろんなく。  ぶへっ、と上品とはほど遠い音が聞こえると同時、視界が暗く閉ざされた。 「うわ……」 「やだっ……汚い」  テスターとセラのうめき声が聞こえる。鼻がもげそうなほどの生臭さが鼻孔を襲う。ついでに、予想できなかった自分にが出る。 「…………」  リュートは無言のまま、顔中に付いたイカ墨を服の袖で拭った。  頰を膨らますとかの予兆もなく突然だったので、完全に不意を突かれた。  どこにため込んでいたのかというほど大量のイカ墨を吐いたひとがたは、くるりと反転すると、部屋の外へとその身を飛ばした。当然というか、壁も普通にすり抜けて。  すかさずツクバが指示を出す。 「リュー、ぼーっとしてないで! イカ墨君は任せたわ!」 「なんで俺が……」 「元々君が手伝うはずでしょ!」  リュートのぼやきを一蹴して、ツクバが懐からなにかを取り出し、投げつけてくる。  危なげにキャッチすると、透明な小瓶だった。中に粉が入っている。 「これは?」 「せいはい!」 「こんなのが役に……」 「いいからGO!」  問答無用の命令にため息をつき、リュートは部屋を飛び出した。 ◇ ◇ ◇
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