愚神と愚僕の再生譚
4.終息する変事⑨ 痛いほど味わってるだろ。
まずは、鉄パイプを始めとする屋上周りだ。よくよく見ると鉄パイプに金槌なども混じっており、返却先の特定を考えると頭が痛くなってくる。
左腕は使えないので、右手で1本1本鉄パイプを拾い上げ、テスターへと投げつける。
それらを器用に受け止めては次々抱え込んでいくテスターに、凜が「あのさ」と声をかけた。
「その鉄パイプ、元々屋上にあったやつみたい」
「そうなのか? んじゃ壁際に集めときゃいいか。教えてくれてさんきゅな」
「別に……」
素っ気なく答え、再び沈黙に戻る凜。
「にしても」
鉄パイプを拾って進みながら、リュートは小言を漏らした。
「幽霊に山本をぶつけるなんて、ちょっと乱暴じゃねーか? もしあの男が動じなかったら、どうする気だったんだよ」
「駄目だったとしても、フォローできるタイミングを見計らっただろ。それにいざというときは、偉大なリュート先輩がいるからな」
「その皮肉ほんとやめろよ、殺意湧く」
歯をむいてテスターを振り返ったところで、
「……あれ?」
と思い至る。
「どした?」
「幽霊は、山本に同情したんだよな?」
「ああ、そんな感じだったぜ」
リュートは不思議な面持ちで、自分を指さした。
「俺も一応、散々やられた身だけど。あいつ容赦なかったぜ」
「お前の場合は明らかに邪魔してきたし、まあなんとなくウザかったんじゃないか?」
「俺はなんとなくウザい存在なのか……?」
釈然としない心地でつぶやくと、テスターが幾分マシな可能性を提示してきた。
「それか、お前自身が記憶の共有を拒否したかだな」
「拒否?」
言葉とともに鉄パイプを投げる。テスターはすちゃりと受け取ると、なんの気もなしに続けた。
「山本の場合は触れた時に、記憶や感情が流れ込んだんだろうけど――お前は残魂に憑かれていた時、心を閉じてたんじゃないか?」
「って言われても……よく分かんねえ」
正直言って、そんなことをした自覚はない。
「俺自身はそんな体験ないからよく分からないけど。お前なら、心を奪られる怖さは痛いほど味わってるだろ。無意識に拒否してたのかもな」
「ふうん。そんなものか?」
「いや、専門家じゃないし俺は知らないけどな」
最後は無責任に投げ出してから、テスターはもっともらしく指を立てた。
「俺的には、お前がウザかった説が濃厚なんじゃないかと思う」
「それはお前の日々の本音か……?」
さすがに気になって食いつくリュート。
そうこうしながら鉄パイプを回収しているうちに、塔屋の入り口までやって来てしまった。
と、扉の窓から影が見える。リュートは眉をひそめた。
「誰かいるのか?」
「あ、そうか」
あっけらかんと、隣でテスターが声を上げる。
「ふたりきりにするのも気になったんで、一応連れてきたんだった。安全が確認でき次第呼ぶつもりだったんだけど、忘れてた」
テスターがガチャリと扉を開けると、
「大丈夫ですかリュート様っ⁉」
待ってましたとばかりに、セラが飛び出してくる。
よけ損ねたリュートは、がっしと両肩をつかまれながら、
「あ、ああ。まあ」
セラを安心させようと、とにかくこくこくうなずいた。
セラの肩越しに、扉の隙間から明美が顔をのぞかせているのが見えた。手を振ってきたので会釈で返す。
「よかった……」
セラは安堵の息をつくと、鋭い視線をテスターに向けた。
「テスターさん、安全確認できたら呼んでくれるって言ってたじゃないですか! どうして呼んでくれないんです⁉」
「悪い悪い。忘れてた」
「で、アレは還元できたんですか?」
「たぶんなー」
「たぶんって……まったく、なにからなにまで適当な……」
セラはため息をつくと、リュートの肩から手を離して続けた。
「それじゃあ取りあえず、リュート様はこっちです」
「へ?」
「『へ?』じゃないですよ。忘れてるんですか? く・つ・ば・こ」
「あ……」
靴と土で散らばった廊下を思い出し、うめく。まだ掃除をしていなかった。
「さ、行きましょ」
もうここに用はないとばかりに、さっさと引き返すセラ。
「テスター、俺靴箱の辺り片づけてくっから。ここよろしくな」
「おー」
間延びした返事を背に、リュートはセラに続いて塔屋の中に入った。
明美が開けてくれた扉をすり抜ける際に、
「? 天城君、それ……」
リュートの不自然に垂れた左腕を見て、明美が声を上げる。
「あ、いやちょっとな」
リュートは身体の角度を変え、触れようと伸ばされた手を避けた。
(ふっ。勝った)
過去の失敗は繰り返さない。
リュートが謎の勝利に浸っていると、
「なにしてるんです、早く行きますよっ!」
セラが思い切り左腕を引っ張り、世も末な叫び声が出た。
◇ ◇ ◇
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