愚神と愚僕の再生譚
1.守護騎士来校⑪ 身体は前に進もうとしていたわけで。
リュートはため息をつきたくなるのを抑え、代わりにもう一度彼女に聞いた。怒ってないことを示すように、なるたけ声音を柔らかくして。
「なにか用?」
一応効果はあったらしい。彼女はぱっと顔を上げると、
「だ、大丈夫ですか? その腕……」
と、力なく垂れ下がったリュートの右腕を指さしてきた。
リュートは肩をすくめて――左肩で不器用にだが――軽く応じる。
「ああ、別に大したことじゃない」
嘘ではなかった。痛いのは確かだが、幸か不幸か、ある程度の痛みには慣れている。特にリュートは治癒力が高いので、他の神僕と比べても傷の治りが早い。
「用はそれで終わりか? じゃな」
短く言って、彼女の横をすり抜けようとするリュート。
と、
「あっ、待っ……!」
思わずなのか、彼女がこちらの右腕をつかんだ。当然とどめられる右腕。
だが、身体は前に進もうとしていたわけで。
ごきゅっ、と。嫌な音がした。
「ぃぎっ……⁉」
肩から脳天まで突き上げる痛みとは逆方向に、リュートは廊下へと崩れ落ちた。
「は……がっ……ぐ……」
「あ、や、やだっ。どうしよう! ごめんなさい、大丈夫ですかっ?」
肩を押さえてもだえるリュートに、慌ててかがみ込んでくる彼女。
リュートは顔を上げると形だけの笑みとともに、凄絶なまなざしで問いかけた。
「……もしかして君も、排斥派だったりする?」
「ま、まさか!」
彼女は激しく首を振る。
「私はただ、保健室に行った方がいいんじゃないかと思って……」
「今から行こうとしてたんだよ! とどめを刺される前になっ!」
「ご、ごめんなさいっ」
欠片ほどの愛想をかなぐり捨てて怒鳴るリュートに、ぎゅっと目を閉じ、縮こまってしまう彼女。
「ったく」
こんな反応されては、これ以上なにも言えない。なにより怪我は自分の過失だ。八つ当たりだということは一応自覚していた。
よろよろと立ち上がると、もはや今日で何度目かも分からぬため息をひとつ。
(にしても登校初日に二重幻出だなんて、どんだけ運悪いんだよ俺)
報告書に書く内容も増えてしまった。イレギュラーの報告ほど面倒くさいものはない。
(どうせなら俺が来る前に、二重幻出が起きてくれればよかったんだ。そうすればもっと優秀なやつに今回の任務が――)
そこまで考え、先ほどの生徒たちの会話を思い出す。
――前に来た守護騎士は2匹同時に出てきても、不意打ちは食らわなかったし。
2匹同時に出てきても。
2匹同時。
「……待て」
ある可能性に気づき、無意識に剣呑な声が漏れる。
完全な独り言だったのだが、少女は自分に言われたと思ったらしい。おずおずと立ち上がりかけた姿勢のまま、律義に停止した。
その誤解を解こうともせず、リュートは自分の世界へと没入していった。
(指令書には、幻出率の高さについてしか書かれていなかった。もし二重幻出が確認されていれば、必ず記載されてるはずなのに)
疑念が、徐々に確信へと変わっていく。
(セシルのやつもそのことに関してはなにも触れなかった。言わないことにデメリットはあっても、メリットとなる点はなにひとつないにもかかわらず、だ……なぜだ?)
可能性としてはふたつ。
ひとつは、二重幻出に遭遇した守護騎士が報告を怠ったこと。
これは有り得ないとみていいだろう。
もうひとつは、セシルがリュートをなぶることに悦びを見いだす、頭のネジが飛んだ倒錯者であること。
「…………」
残念なことに、あの男の頭のネジは全方位にぶっ飛んでいた。
「あ……あの野郎、またやりやがったなぁぁっ!」
爆発した怒りは、悲鳴に近い叫びを上げさせた。彼女がびくっと身をすくませるのも構わず、リュートは壁に拳をたたきつけた。
右の拳を。
「……っ⁉」
その日リュートは不本意にも自分自身に、とどめのとどめを刺すこととなったのだった。
◇ ◇ ◇
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