愚神と愚僕の再生譚
6.友達のつくり方⑧ 世の中結果が全てなんだよ。
◇ ◇ ◇
場は十分に温まっていた。
健吾が好きな音楽を流しながら、健吾持参の好物ケーキを食べつつ、健吾の自慢話に耳を傾けて、健吾の望む相槌を打って……
しかしその盛り上がりはすぐさま終息した。空のグラスを手に、テーブルに突っ伏したリュートの酔態によって。
「大丈夫ですかリュート様?」
セラは兄のそばに寄り添いながら、彼の身体をゆっくりと起こした。
「大丈夫、俺まだ飲めっから……おら健吾、早く続き話せっての」
真っ赤な顔で、指をぐるぐると回すリュート。目の焦点が定まっておらず、健吾ではなくテスターに話しかけている。
そんな彼の手からグラスを抜き取り、テスターが顔をしかめる。
「あー……駄目だなこれは」
「まったく、だからやめた方がいいって言ったのに……」
心配半分あきれ半分で、セラはリュートの身体を後ろへ倒した。突っ伏すよりはソファにもたれていた方が、まだ楽だろう。
「あーあ。つまんない。こいつ酒弱過ぎ。まだ3、4杯しか飲んでないじゃん。興ざめもいいとこだよ」
健吾がポップコーンをぱくつきながら、リュートに軽蔑のまなざしを送る。
「そんな言い方……リュート様は、あなたのために頑張ったのに」
「世の中結果が全てなんだよ。あーつまらない」
かちんときて返すも、健吾は全く意に介さない。どころか今度は、つまんでいたポップコーンをリュートに投げつけ始めた。
額にポップコーンが当たり、朦朧状態のリュートがだるそうにうめく。
「ちょっとやめてください!」
さすがに怒鳴り声を上げ、セラは飛んでくるポップコーンを手ではじき返した。
「なんだよつまんないな」
健吾はぶつくさと立ち上がり、棚上から新しいグラスを取り上げた。
「いいさ、僕様も飲も」
「やめろって」
止めたのはテスターだった。
「飲まない約束だろ。だからこいつはここまでしたんだ」
健吾の手首を押さえながら、テスターがリュートを見下ろして言う。
しかし、
「そんなの知ったこっちゃないね」
ぱしんとテスターの手をはねのけ、グラスを持つ健吾。
そこへリュートが口を挟む。先ほどよりも幾分はっきりとした声音で、
「おい健吾、飲むなって」
「酒に弱いお子さまは黙ってなよ」
ふふんと蔑みの笑みを向け、健吾はどすんと床に座った。
セラは慌てて、テーブルにある酒瓶を手元に引き寄せた。
健吾が口をゆがめて抗議してくる。
「ちょっと、それ僕様のだよ」
「駄目です!」
こうなったら意地でも飲ませない。
そうセラが決めた時、隣で風が生じた。
目を向けた時には、それはすでにテーブルの向こう側へと飛び越えていた。着地も軽やかに健吾の背後へと回り込むと、
「飲むなっつってんだろ。耳垢詰まって聞こえねーのか? なら俺が掃除してやんよ」
フォークの柄を健吾の耳に近づけながら、リュートが据わった声を上げる。
「お、お兄ちゃんっ?」
セラは動揺しながら、テーブルへと目を落とした。リュートの近くに置いてあったフォークがなくなっている。向こう側に跳ぶ前に取り上げたらしい。
「リュート、そんなんで耳掃除したら危ないんじゃないか?」
テスターがやたら呑気に、ピントのずれた指摘をする。
言われたリュートは一応耳を傾けたらしく、数秒の間を置いてから答えた。
「そうか、アルコール消毒は必要だよな」
それを聞いて健吾が罵声を上げる。
「お、お前なにをやってるんだ! 無礼にもほどがあるぞ!」
「あん? てめえが言ったんだろ無礼講だって。もう忘れたのかよ? つか誰がしゃべっていいっつったクソムシ」
フォークの柄で健吾の耳をぴたぴたたたくリュート。それを唖然と見るセラの横に腰を下ろしながら、
「こいつ、酒癖悪いんだなー」
完全に人ごとで、同意を求めてくるテスター。
「悪いっていうか……」
セラは返答に困って兄の動向を見守った。見守るしかなかった。
「あとさあ、ずっと疑問に思ってたんだけど」
リュートが不機嫌そうに、健吾へとすごむ。
「僕様ってなんだよ意味不明だろ。へりくだるのか偉ぶるのかどっちかにしろよ」
「こ、これはは謙遜しながらも高貴さ漂う、雅な呼び方なんだぞ! 君にはこの高貴さが分からないようだね!」
健吾は頑張っているといえた。縮こまりながらも態度だけは必死にペースを保とうとしていた。
が、今のリュートには無意味だった。
「だから許可なくベラベラしゃべってんじゃねえよ。そんなに口閉じんのが嫌なら、いっそのこと常時全開でいってみっか? あ?」
「もがががもぐがっ……」
口内に拳を突っ込まれ、健吾がくぐもった声を出す。
「酒癖最悪ね」
セラは額に手を当て、うんざりとつぶやいた。この後始末、どうつければいいのか。
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