愚神と愚僕の再生譚
【第3章 悔恨エクソシズム】0.兆候① 凜は譲るのが嫌いだった。
◇ ◇ ◇
最近は腹立たしいことばかりだ。
大股で歩道を歩きながら、凜は自分の不運を嘆いた。
(ウザい守護騎士が来るわ山本は生意気だわ、エリには買い物ドタキャンされるわっ……!)
日曜の朝に張り切って待ち合わせ場所に行ってみたら、友達から体調不良で行けないとの連絡。
(もっと早く教えろってのっ)
不可抗力とはいえ、無駄足を食らったことへの怒りが募る。
加えて最悪なのは、エリと制服コーデでそろえる予定だったことだ。
ひとり制服姿でショッピングする気にもなれず、かといって帰る気にもなれず、凜は当てもなく道を進んでいった。
さして広くもない歩道。対向して歩いてくる者がいれば、どちらかが寄らなければすれ違うこともできない。が、凜はかたくなに自分のルートを維持し続けた。
半端に動けば、互いに同じ側に避けてしまうという面倒が生じる恐れがある。それを避けたい――というのも理由のひとつだが、なにより単純に、凜は譲るのが嫌いだった。特に今みたいに不機嫌な時は。
何人もの歩行者とすれ違い、今また中年男性が、凜の進路からどこうと――
(……しない?)
こちらへと歩いてくるスーツ姿の男は、避けようとする気配を全く見せなかった。凜と同じ『お前がよけろ派』に違いない。
(うっざ)
凜は内心舌打ちした。こうなると、もはやチキンレースのようなものだ。
互いに譲らず真っすぐ進み――
(ああくそ!)
ぶつかる一歩手前、結局は凜が身体をずらした。負けた感が半端ない。
その上避けるのが遅すぎたため、両者の肩と腕がぶつかった。
今日はつくづくろくな事がないと、凜はこれ見よがしにため息をつき、
「おい、今ぶつかっただろ。なぜ謝らない?」
「は?」
喧嘩腰に呼び止められ、眉をひそめて振り返ると。
たった今ぶつかった男が、無愛想を張りつけた顔でこちらをにらんでいた。
「ぶつかっておいて、謝ることすらできないのか?」
積年の恨みでもあるかのようなまなざし。たぶんここで謝罪のひとつでもすれば、場は丸く収まるのだろうが。
「じゃあなんであんたは謝らないのよ」
凜も負けじとにらみ返した。
悪くないのに一方的に謝るなど、絶対にごめんだった。
「なんだと?」
男の顔が引きつる。そこへ、
「あーっと、すみません」
ひとりの少年が割って入ってくる。高まった緊張感を壊すような、気の抜けた調子で。
「その子俺の連れなんですよ。なにか面倒おかけしました?」
突然湧いた自称関係者を前にして、男の顔に惑いが生じる。表に出ないようとっさに押しとどめたが、実は凜も同様だった。
(は? 誰?)
少年は白いワイシャツに黒ズボンと、学校の制服を彷彿とさせる格好をしていた。が、頑強そうなブーツを履いているので、奇抜な制服コーデという線もあり得る。
(前テレビとかで見たような格好の気もするけど……)
思い出せそうで出てこない。少なくとも、凜の通う襷野高校の制服でないことだけは確かだ。
男は少年をじっと見ると、なんらかの――恐らくは自分が優位に立てるかどうかの――答えを出したようだ。偉そうに鼻を鳴らした。
「その女はぶつかっておきながら、謝りもしないんだ」
「は? そんなのあんたも――」
「それはひどい」
凜の言葉を強引に遮り、少年が大袈裟に嘆く。明るいオレンジ色の髪は似合ってはいたが、声の調子も手伝って、全体的に軽薄な印象を受ける少年だった。
少年は、あっけらかんと繰り返す。
「それはひどいですね。あなたは謝ったのに、彼女は謝らなかったと?」
「いや、俺は……」
「謝ってないんですか? ぶつかっておきながら?」
言葉を濁す男に、少年がわざとらしく目を見開いた。
「俺見てたんですど、彼女がどうとかいうより、必然的にぶつかったという感じですよね? そうなると両者謝罪するのが普通ですが、もめるくらいなら、両者謝らないってことで手を打ちませんか? どっちが謝るべきだとか見苦しいだけですよ」
「な……!」
一気に言葉を畳みかけられ、男が鼻白む。
「あと結構目立ってますけど大丈夫ですか? 相手が少女ですし、あなたが変に誤解されるのではないかと、俺は他人事ながら心配しますけど」
事実どうでもいいというふうに付け加える少年に、男ははっと周囲を見た。道行く人の注目を浴びているとようやく――本当にようやくだ――気づいたのか、
「れ……礼儀くらいは頭に入れとけ!」
わざとらしく肩を怒らせ、早足で去っていった。
「な……」
一方的に置いていかれた不快感に、凜の頭は怒りではじけた。
「なっっによあのおっさん! むかつく!」
追いかけて蹴飛ばしてやろうかと思っていると、少年が「まあまあ」と立ち塞がってきた。
「変に騒いで暴力沙汰になっても困るだろ。避けられるいさかいは避けとこうぜ」
笑いかけてくる。
今更気づいたが、少年はかなり整った顔立ちをしていた。こうして目を合わせていると、無駄に心拍数が上がりそうなほどに。
「で、あんたは誰なのよ?」
自分の心音を落ち着かせようと、凜はあえてぶっきらぼうに尋ねた。
「俺? 俺は――君の仲間ってことになるのかな」
少年が面白がるように目を光らせる。その視線は、凜の格好を確認しているようにも見えた。
「じゃ、俺はこれで。今後ともよろしくな」
「え? よろしく?」
唐突な挨拶に惑う。が、去りゆく少年は、凜の戸惑いは無視して手を振った。
(なんなのよ、今のは……)
凜は疑問を抱えたまま、それでも認めざるを得なかった。
(……ちょっとかっこいいじゃん)
◇ ◇ ◇
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