愚神と愚僕の再生譚
4.学校の怪談⑥ これはすごいわ、テス。
◇ ◇ ◇
テスターは、不服げに部屋を出ていくリュートを見送ると、
「あれはリュートに押しつけるとして、それは俺らでなんとかなるんですか?」
ツクバに向き直り、声のする辺りを漠然と指さした。
彼女はレコーダーを向けたまま、首を横に振った。
「さあね。特に対処法も分からないなら、3人いたって――」
「私、お兄ちゃん見てきます。ひとりじゃやっぱ心配だし」
ツクバの言葉を遮って、セラがぱたぱたと部屋を出ていく。
「……ふたりいたってどうにもできないし」
肩をすくめて訂正するツクバ。
「……いちゃん。お兄ちゃん。寂しいよ」
すすり泣きは再び、明確な台詞を伴う泣き声となった。さらには、
「私をひとりにしないで……」
言葉とともに靄が現れ、人形となっていく。先ほどの狂乱童子と同様、半透明の立体映像のような見た目だ。そしてその造形は金髪の幼女を模している。7、8歳くらいの、制服を着た女の子だ。
「お兄ちゃん……」
幼女がいずことも知れぬ場所を見て、つぶやく。今度は同じ人物(?)が出したとは思えないほど、深く思い詰めた、大人びた声音だった。
「お兄ちゃん。私が絶対、助けてあげるからね」
「なにを言ってるの、この子……?」
(まずいな……)
いぶかしげな声を上げるツクバを横目に、テスターは内心焦っていた。腰の緋剣に手をやり思案する。
(言ってることが、だんだん核心に近づいてきている。このままじゃ彼女に勘づかれるな)
幼女が姿を現したのも気になっていた。幼すぎて即連想には至らないだろうが、いつセラへと結びつくとも限らない。
「これはすごいわ、テス」
ツクバがレコーダーを握る手を震わせながら、もう片方の手で拳を握る。
「きっとこの子は、不遇な運命の中死んでしまった神僕の魂よ。たぶん狂乱童子が兄で、兄妹そろって残酷な仕打ちにあったとか、そんな感じだわ」
「意外にもっと軽いのかもしれませんよ。うっかり側溝にはまり込んで身動き取れなくなった、間抜けな兄を助けようとする妹とか」
「いーえ! これは絶対なにかあるっ」
確信をもって言い切るツクバ。ごまかすのは無理そうだ。
幼女はその姿に似合わぬ悲愴なまなざしで、感情を吐露していく。
「お兄ちゃんは私が守る。お兄ちゃんを苦しめるやつは、私が全部倒してあげる。たとえ相手が女――」
ザシュッと。
身体ごと言葉をぶつ切りにされ、幼女の姿はかき消えた。
「なっ……斬れるわけ、それ⁉」
目を見開いてツクバが言う。
(あっぶな……聞かれたか? 最後の言葉)
緋剣を振り切った体勢で停止し、テスターはそろりとツクバをうかがった。
彼女は少なくとも見た目には、幼女の言葉より緋剣で斬れたことに気を取られているようだった。
ツクバはテスターの持つ緋剣に目をやり、
「テス、君知ってたの? 緋剣が通じるって」
「いえ思わず。やってみるもんですね」
自分でも、消えるとまでは思っていなかった。幼女の気を引いて発言を中断させられればと思っただけなのだが、全く予期せぬ結果となった。
(そういえば、セラの寮室はJ棟にあるんだよな……?)
テスターは緋剣を手に体勢を整え――まだ幼女が本当に消失したのか疑わしい――気づいたことから推論していった。
(もしかして……)
自分なりの結論に達しようという時、なんの前触れもなく扉が開いた。
ツクバとふたりバッと振り向き、
「え? なんでっ……⁉」
彼女の面食らった声を聞きながら、テスターもまた胸中で同じ声を上げていた。
◇ ◇ ◇
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