愚神と愚僕の再生譚
4.終息する変事⑩ バレバレって感じ。
◇ ◇ ◇
渡人たちが片づけを始めると、その場には凜と銀貨だけが取り残された。ほぼふたりきりのような状態で銀貨と向き合う形となり、身動きできなくなる。
銀貨はあぐらをかいて凜の前に座り込んでおきながら、なにも言わない。
もしかして世界が終わるまでこのままなんじゃないかと、凜が馬鹿げた妄想にとらわれかけた頃。
「……許すわけじゃ、ない」
固い声で銀貨が告げた。
「でも謝ったのは、ちゃんと聞こえたから」
それっきり、また口を閉ざす。
たぶん今度は自分の番だ。
そう思ったわけではないけれど、銀貨が意を決したことで、凜も次を提示できた。
「お金」
「え?」
「あんたから取ったお金。残ってる、全部。使ってないから」
だからどうするとまでは言わなかった。うまく言えなかった。
伝えるだけなのに、どうして言葉は難しいんだろう。
銀貨は追及してこなかった。代わりに、別のことを求めてきた。
「須藤さんにも謝ってほしい。僕が言ったからじゃなくて。角崎がそう決められたなら、謝ってほしい」
必死な物言いに目を向けると、真剣なまなざしとかち合った。
「……考えとく」
一応答えて、目をそらす。
叫び声が聞こえたのは、この時だった。
「な、なんだっ?」
銀貨が目を丸くして、声のした方を向く。
この声は黒髪――いや、今は変に気取った金髪か――の渡人だ。塔屋の入り口の方でわいわいやっているのは聞こえていたが、なにかあったらしい。どうでもいいが。
(……なんかめっちゃ痛そうだけど)
どのくらいかというと、凜も思わず「なんかかわいそうかな」と思ってしまうような、すごい悲鳴だった。どうでもいいが。
「みんな戻るみたい。僕ももう行くよ」
「行けば」
立ち上がる銀貨に、凜は素っ気なく返した。
宣言通り銀貨が立ち去り、恐らくはいけ好かない渡人も立ち去り。
壁に背を預けて、ぼーっと空を眺めていると、ひょいと顔が割り込んできた。
「ひゃっ⁉」
いることは知っていたが、まさか近寄って――しかもかなりの至近距離まで――くるとは思わず、凜はびくりと肩を振るわせた。
橙髪の少年はそんな凜の反応も意に介さず、あっさりとした調子で言ってきた。
「角崎。俺もここの片づけ終わったし、戻ろうと思うんだけど。君はどうする? 保健室一緒に行くか?」
「いい。私はまだここにいる」
減らず口をたたいたというより、単なる反射で否定を返す。
「そっか。じゃ、俺行くから」
告げて背を向ける少年に、
「ま、待ちなさいよっ」
凜は慌てて声をかけた。聞きそびれていたことを聞くために、立ち上がる。
「あの時、街で。なんで私を助けたのよ?」
「街……?」
振り向いた渡人は、一瞬いぶかしげに眉をひそめた後、「ああ!」と思い至ったように声を上げた。
「あの時君、襷野高校の制服着てただろ? 編入される身としては、困ってる仲間を見過ごせないからな。それに」
言葉を区切ると、少年は隠し事を暴くような、楽しそうな目で聞いてきた。
「角崎さ、そのちょっと前に、ペットショップにいなかったか?」
「え? たぶんいた、けど……」
思い出す。ドタキャンの後、当てもなくいろいろな店の前を物色していたが、確かにその中に、ペットショップも入っていたはずだ。
「やっぱり。ちらっと通り過ぎただけでも分かったぜ、ショーウインドーから熱心に見てるの。バレバレって感じ」
「え?」
「俺も好きなんだよね、猫」
そう言って笑うと、少年は――テスターは、さっさと行ってしまった。
「……なにあいつ」
憮然と口を突き出す。
腕時計を見ると、そろそろ昼休みが終わろうとしていた。
(戻らなきゃ、授業に遅れる)
しかし残ると言ってしまった手前、すぐには戻れないではないか。
凜はしばし黙考し、
「……もういいや。サボっちゃお」
再び屋上へと座り込む。足の痛みは引いていた。強く体重をかけなければ、歩くのに支障もないだろう。
壁にもたれて天を見上げる。
分厚い雲に覆われてはいたが、それでも空はどこまでも続いていた。
◇ ◇ ◇
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