愚神と愚僕の再生譚
5.丑三つ時の狂乱④ 約束された清浄さ
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「さて。ようやくじっくり観察ができるな」  セシルはひとがたへと向き直り、 「これは面白い」  どこか感心するような声を上げた。 「その自己主張の激しい黒髪……既視感を覚えるな。どこかの間抜けを思い出す」 「黒髪程度でそんなわけねーだろ。視野が狭いんじゃないのか?」  言い返しながら気づき、付け加える。 「もしかして知ってんのか? 狂乱童子のうわさ」  それならこの場にセシルが乱入してきたのにも、説明がつく。が、 「なんだその気取った呼称は」  セシルは澄ましたたたずまいで、冷めた言葉だけを返してきた。額面通り捉えるなら、怪談話とは関係なしに来たことになる。 「お前……お前は……」  そうこうするうちに、ぶつぶつつぶやき、意識の焦点を取り戻していくひとがた。おびえたまなざしに別の感情がともり始める。憎しみの色だ。 「おい、そいつ――」  反射的に警告を発しかけ、口をつぐむ。  果たしてこの男に伝えてやる義理があるのか。ある程度の危険があることくらい、初見の様子で自分でも把握しているだろう。 (っつっても、一応親だし……)  乱暴にではあるが、先ほども助けてはくれた。しかしリュートの身体からだに数々の痛みを刻みつけてきたのも、この男だ。  セラの方ははなから警告してやる気はないらしく、完全に傍観者を決め込んでいた。 (イカ墨くらい、別に死ぬわけじゃねーし……いや死ぬか?)  イカ墨でできた剣を思い出し、リュートがしゅんじゅんしていると。 「生意気な目もそっくりだな」  セシルが身じろぎした。後ろからではよく見えないが、ローブの内側に手を伸ばしているようだ。  「お前っ……殺してやる!」  ひとがたが叫び、イカ墨剣を振りかぶる。 「危なっ――」  リュートは声を上げ、セシルは、 「うるさい。深夜に騒ぐな」  言葉とともに容赦なく剣を突き刺した。ひとがた鳩尾みぞおちに。 「あ……」  ひとがたがほうけた声を出し、自身に刺さったけんを見下ろす。 (うげ)  記憶に新しい痛みを思い出し、リュートは腹を手で押さえた。  返り血(いやイカ墨)を浴びたくないということなのか、そのままつかから手を離し、一歩分身を退くセシル。  ひとがたが悲痛な表情を浮かべる。 「と……さ……」 「うるさいと言っただろう」  余計なことは言わせないとばかりに、セシルは再び剣柄たかみを握り、けんを上へと振り切った。ひとがたの肉を裂きながら。  イカ墨が飛び散る――かと思いきや、ひとがたは瞬時にかき消えた。その存在をたもてる限界を超えたらしい。  同時に床やリュートの身体からだからも、イカ墨がきれいさっぱりと消え去る。臭いに関しては嗅覚がとっくにしてしまっているので分からないが、べたつく感触はすっかりなくなった。 「どうやら怪現象はこれで終わったようだな」  セシルがけんを収めながら、こちらを振り向く。この男は結局、その身に染みひとつ付けていない。  約束された清浄さに畏怖に近いものすら覚えながら、リュートはうめいた。 「串刺しの上に真っ二つって……お前、遠慮っつか気遣いっつーか」 「誰へのだ?」  しれっと気づかないふりをするセシルに、文句を言う気もせてしまう。 (どのみちあいつがいなきゃ、俺が自分で斬ってたんだろうけど……)  あの容赦のない斬りっぷりには、陰険な他意があったのではと思わなくもない。 「いや、もういい……それより、なんであんたがここにいるんだ?」  建設的とは言いかたい心情を封印し、リュートはセシルに問いかけた。  怪談話について知らぬというのなら、セシルはどうしてここに来たのか。セラも答えを請うようにセシルを見ている。  セシルはこちらに身体からだを向けたまま、目の動きで背後の彼女を指し示した。 「それについては、場所を変えた方がいいだろうな」 ◇ ◇ ◇
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