愚神と愚僕の再生譚
1.守護騎士来校⑧ なんだってそれが、俺の任務初日で起こるんだよっ……
「――なにっ⁉」
あり得ない。
動揺に支配され、反射的に後ろを振り向く。そして、
「ぐあぁっ⁉」
視認よりも先に、なにかに右肩を強打された。
衝撃と同時、顔面から液体を浴びる。
リュート自身の血である。痛みのせいで集中が途切れ、血の刃が液体へと戻ったのだ。
続けざまに浮遊感。受け身も取れないほどの勢いで後方に飛ばされ、床にたたきつけられる。
「っ……!」
打たれた右肩を地面に打ちつけ、確かに一瞬意識が飛んだ。
無理やりに活を入れ、左腕を支えに身を起こす。緋剣は殴打された時に落としたらしく、手にはなにも握っていない。
制服の袖で血まみれの顔を乱暴に拭い、リュートは目を細めて焦点を絞った。
(馬鹿な……堕神が、もう1体、だと……?)
信じられない光景だった。
堕神は次元を歪曲させ、生じた世界の狭間から幻出する。が、その間に他の堕神が同じ空間に幻出することはまずない。
確率的な問題もあるが、そもそもゆがんだ次元をさらにずらして幻出すること自体が、向こうからでは不可能に近いのだ。記録上は、世界で数件の二重幻出が報告されているから、絶無というわけではないが……
(なんだってそれが、俺の任務初日で起こるんだよっ……)
愚痴りかけたところで、はっとする。今さっき幻出した堕神が、リュートに第二撃を加えるべく突進してきていた。
「ちっ!」
リュートは腰の後ろから、ダガータイプの緋剣を引き抜いた。カートリッジを挿し込み新たな刃を創り出すと、それを左手に持ち替える。
巨大な拳を横跳びでかわし、堕神の背後に回り込む。そのまま無防備な背中に剣を振り下ろそうとするが。
「……っ!」
狙ったかのように、最初に幻出した堕神が殴りかかってきた。
仕方なく回避にまわるリュート。まさか意図しての連携ではないだろうが。
(くそ、厄介だな)
リュートは大きく後ろに跳び、堕神たちから距離を取った。
彼らには空間の制限がないが、こちらは廊下という狭い空間で動き回らなければならない。
(さっさと1体片付けるしかねーか)
観念して駆けだし、自ら開けた距離を再び詰める。
まずは負傷している方の堕神だ。右脇からへその辺りまで、ぱっくりと裂けている。それでもなんの支障もなく動いているが、もう一撃入れればさすがに消えるだろう。
リュートは堕神の腹に狙いをつけて斬り込んでいった。そうはさせじと、堕神が壁に追い込むようにして、右から爪を振るってくる。横に避けるには壁が近過ぎた。
ダンッと驚くほどに大きな音が鳴る。
足裏を床に打ちつけ、リュートは身体を折り曲げ半ば強引に、斜め後ろへと飛びのいた。そして着地の瞬間床を蹴り、逆再生のように前へと飛び出す。
リュートに釣られて半身を出していた堕神は、脇腹ががら空きだった。対してこちらは急激な移動で、体勢が崩れかけている。
立て直す時間を犠牲にし、リュートは飛び込むようにして堕神の右側へと回り込んだ。
先ほどの裂傷をたどるように、ほとんど根元まで刃を食いこませながら、白い肌に延長線を引いていく。
「…………っ」
添えた右腕に負荷がかかり、刺激された痛覚で集中が阻害される。
それでもなんとか血の刃を維持し、リュートは力任せに緋剣を振り切った。
右脚を切断するほどの深度はなかったが、それでもその傷は、堕神を世界から拒絶するのには事足りたようだ。悲鳴を上げることもなく、堕神が世界から消失する。
「あと1体っ」
廊下に倒れ込みながら、リュートは顔を上げてもう1体の姿を探した。そして、
「げっ」
膝を突き、絶望的なうめき声を上げる。
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