愚神と愚僕の再生譚
4.抜き打ち模擬戦トーナメント④ そのやり方では勝ち抜けない。
「――始めっ」
合図とともに大きく飛び出す。それはキルケルも同じだった。
勝ち進むことを考えるなら、省エネすべき部分というものが当然出てくる。
試合を重ねるほど疲労は蓄積されていく。しかも今回は武器具現の難度が高く、いつも以上に集中力を使う。
ならば望むは短期決戦。それがキルケルの考えだろう。
彼の繰り出した横薙ぎの一撃を、リュートはいったん後ろに下がることでかわす。次の縦一閃は、横方向に。その次も、その次も……リュートはひたすら回避に徹した。
「おいっ、逃げんなっ!」
耐えかねたのか、キルケルが声を荒らげるが。
「逃げるの禁止っていうルールはないです」
リュートはあくまで自分からは攻撃せず、回避・防御に専念した。普段は下げない、同型タイプの予備の緋剣――ダガータイプの物は、運悪く整備に出していた――が、体さばきに合わせて多少鬱陶しく揺れる。
「くそっ、早くしねえと……」
歯ぎしりするキルケル。目に見えて、緋剣の外形が崩れていくのが分かる。
(――そう、これでいい)
もとよりリュートに、真っ向勝負をする気など更々なかった。大して強いわけでもない自分は、そのやり方では勝ち抜けない。
しかし、緋剣の具現持続につながる神気に関していえば、学年――いや、訓練校内でも突出した強さがあるという自負はあった。
体育館に来てから垣間見えた試合風景から察するに、武器の具現化困難による失格は少なくない。不純液というだけでもつらいのに、完全に凝固させると麻酔薬を浸透させられないため、微調整に神経をすり減らされるのだ。
通常の緋剣が使えないことはリュートにとって、制限であるとともに利点でもあった。
(だったら下手に手を出さず、相手の自滅を待てばいい)
緋剣を維持しながら、かすり傷ひとつ負わないこと。それだけに集中すればいい。
「くそ……戦えよ腰抜けが!」
キルケルの緋剣は、もう辛うじて形を保っている程度だ。もう少し、あと少し……
「……ぐっ」
キルケルが目を見開き、身体を傾かせる。紫のしぶきを上げて刃が飛散した。
彼が地面に倒れ、10秒ほど経過したところで、
「キルケル失格! 勝者リュート」
審判の判定を合図に、リュートは緋剣を収めて息をついた。
数名の訓練生がコート内に入り、キルケルを運び出そうとする。うちモップを持った者がひとり、床に飛び散った血液を拭き取る作業にかかった。どうやら4回生以下は雑務担当らしい。
「やりましたねリュート様!」
駆け寄ってきたセラが、上機嫌でねぎらいの言葉をかけてくる。
が、すぐに表情を一変させて、
「でも自滅を狙うなんて、地味っこいですね。模擬戦の本質からもずれてますし」
「いいだろ勝ったんだから。リスクあるのには変わりねーんだし、粘り勝ちだ」
うっすらかいた汗を拭いながら、セラの指摘を一蹴する。
緋剣発動に際して干渉する対象は、己の血液だ。それにはカートリッジだけでなく、自らの身体に流れる血も含まれる。
つまりは間違ってそちらに干渉し凝固させようものなら、血流が止まって失神してしまうという訳だ。それだとまだマシな方で、不可逆的に凝固させてしまえば死に至る。
緋剣の鉄芯には、意思干渉の伝導率が高い物質が練り込まれているが、今回は仕込まれた不純液により、だいぶ干渉が阻害されていた。キルケルもそのせいで干渉を誤り、体内の血液を凝固させてしまい失神したのだろう。
無論、リュートにだってその危険はあったが。
「セラ」
「はい?」
「これならマジで狙えるかもしれねーぞ、優勝」
緊張で乾燥していた上唇をなめ、リュートは不敵に笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
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