愚神と愚僕の再生譚
6.友達のつくり方④ すごいですね健吾様。
◇ ◇ ◇
額にバンドを取りつけて、ズレないようにきつく締める。コツコツと靴先で地面をたたいて調子を整えながら、リュートは声を上げた。
「準備できたぜ」
「俺も大丈夫だ」
「僕様も!」
アスレチックの両脇から、テスターと健吾が返してくる。キツネ役の彼らは、テニスボールランチャーを肩に下げていた。
打てるのは3発まで。本来は緋剣も使えるが、健吾には無理なので武器はランチャーのみだ。それを使ってリュートの印――額と両手首、腰の後ろに付けた小さな風船のうち、どれかひとつでも割ることができればキツネの勝利となる。リュートが自分で風船を割ってしまった場合も同様だ。
(ったく、めんどくせえ)
リュートはわしゃわしゃと髪の毛をかき回した。
気は乗らないが、迂闊に動けば目だって潰れる。やるともなれば気は抜けない。
ふたりの声を受け、リュートは隣に立つセラへと目を向けた。彼女はリュートとテスターから預かった緋剣を抱えてこくりとうなずき、声を張り上げる。
「それじゃあ始めます。キツネのおふたりは、ウサギのリュート様がスタートしてから3秒後にスタートしてください。では、ウサギ役。用意……」
腰を落とし、セラの声に集中するリュート。号令ではなく呼吸音から捉える心地で耳を澄ます。
「――スタート!」
地面を蹴って、眼前にそびえる壁へと走りだす。
壁が迫ったところで、リュートは強く踏み切った。手足を駆使して壁を駆け上り――この時セラがキツネ役に号令を送った――限界ギリギリで縁をつかんで身体を引き上げる。
勢いを殺さぬように、着地の流れで走りだす。キツネ役はすぐにでも追いついてくるか、そうでなくともランチャーで撃ち込んでくるはずだ。いっときも足は止められない。
次の壁を前に、リュートは一瞬後ろを振り返り、
(遅っ!)
思わず急停止した。
速攻で勝負をつけたら怪しまれるから、適当なところで負けて、機嫌を取るつもりだったのだが……
(負けられるのか、これ……)
健吾はまだ、最初の壁を越えてもいなかった。壁といっても健吾のコースはただの階段だ。普通に駆け上がればいいのに、ただただひたすら遅かった。
とっくに壁を越えたテスターも、どうしたものかとその場で足踏みをしている。
「…………」
リュートは嘆息し、健吾に気づかれないよう、進んだ分を少し後退した。彼がぜえはあと階段を上りきったのを確認すると、なるたけゆっくりめに走りだす。
「健吾様ー、チャンスです。腰のやつ狙えますよっ」
テスターが健吾に助言を出す。と同時にこれは「腰に行くからうまいこと当たれ」という、リュートへの指示でもあった。
「よし」
健吾は張り切ってランチャーを構えた。リュートも――できるかどうかは別として――うまく当たろうと背後に気をやる。
そして――
――ばすっ!
音だけは勇ましく、どうあがいてもリュートには当たらない方向へと、テニスボールが飛び出した。
(さすがに無理だろ!)
と諦めたと同時、リュートは視界にもうひとつの球を見た。テスターが発射したテニスボールだ。
恐ろしいことにその球は、健吾の打ち出した方向音痴球に衝突し、その軌道を強制的に変更させた。リュートから少し左にずれた辺りに。
「マジ……かよっ⁉」
リュートはつんのめったふりをし、左手を投げ出した。その手首にテニスボールが迫り――ぱんっという破裂音とともに風船が割れる。
「しまった!」
我ながらあからさまな声を上げ、後ろを振り向く。
健吾は状況について行けていないのか、ランチャーを構えたまま、きょとんとこちらを見ていた。
そんな彼に、
「すごいですね健吾様」
テスターが拍手をしながら近づいていく。
「今のって、普通に狙うとリュートによけられるから、俺が軌道修正する前提であさっての方向に撃ち込んだんですよね」
(いや、それはいくらなんでも信じたら馬鹿だろう……)
あまりに強引な持ち上げ方に、リュートはあきれた顔を見せた。
健吾がうれしそうに鼻をこする。
「ま、まあね」
馬鹿だった。
(ま……まあそれならそれでいいか。最低限のダメージで終わるんだし)
じんじんうずく左手首を握りながら、リュートは健吾に笑いかけた。
「いやあ、楽しかったですね。それじゃあ俺は片づけしますんで、健吾様は休んどいてください」
「え? なに言ってるんだよ。たった1回じゃ物足りないでしょ」
馬鹿かこいつは、と言い出さんばかりの顔で、健吾。
「ってことはつまり……健吾様としては、もう1回やりたいと?」
リュートは絶望的な気分で聞き返した。
健吾が――悪気はないのだろうが――呑気に、ランチャーをぶち込みたくなるほどの大口を開ける。
「そうだね。もっともっと、せっかくだし飽きるくらいまではやりたいね」
それは心の死刑宣告にも近しい言葉だった。
◇ ◇ ◇
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