愚神と愚僕の再生譚
【第2章 共生のススメ】1.共生暴力① あのさあ。
◇ ◇ ◇
5月の晴れ空。
遠くまで伸びる筋雲が、青空に爪痕のような模様を描いている。
いつもなら輪郭まではっきり視認できるそれは、視力の回復が追いついていない右目が足を引っ張っているのか、今は少しぼやついている。
「あのさあ」
リュートは空を見上げ、口を開いた。
「なんか釈然としねーんだけど」
「なにが?」
返してきたのは妹だった。白い丸テーブルを挟んで、向かいの椅子に座っている。
「俺はさ、早いとこ腹の怪我を治したいわけよ。痛いから」
「そうね」
彼女がうなずくのに合わせて、青空によく映える金髪が豊かに揺れる。
守護騎士の制服の上から、リュートはいたわるように腹の傷に触れ、続けた。
「それを思うと、医務室でおとなしく寝てるべきだろ」
「まあそうね」
「なのになんで俺は、こんな所でお茶してるんだ?」
疲れた目で周囲を見回し、カフェオレに浮かんだ氷をストローでつつく。
リュートたちは今、カフェのオープンテラスの一角にいた。
10卓ほど並ぶ丸テーブルには、それなりの数の客が見受けられ、皆思い思いに朝のひとときを堪能している。
この時間、このような場所にいる渡人が珍しいのだろう。リュートたちの近くに座る何人かは、好奇のまなざしをこちらに向けていた。
「仕方ないじゃない。早く着き過ぎて、まだ書店が開いてないんだもの」
手元のストローを上品につまみ、妹――セラが正論を放つ。そのままストローに唇を触れさせ、グラス内のカフェラテのかさを少し減らしてから、付け加えてくる。
「そもそもなんでと言うなら、なんで私たちが、テスター君の用事に付き合わなきゃいけないのかってことでしょ」
「そういや確かに」
彼女がじろりと送る視線に合わせて、リュートも左を向きやった。
3脚目の椅子に座ってトースト――ドリンクを頼んだら朝のサービスだとかで、やんわり断ったにもかかわらず一緒に出された――をぱくついているのは、鮮やかな橙髪の少年。
彼は咀嚼したトーストを飲み下したところで、ようやく会話に入ってきた。
「俺が悪いみたいに言うなよ、申しつけたのは学長だろ。しかも本をただせば俺にこんな用事ができたのも、リュートが勝手な取引をしたのが原因だし」
そんな責め方は迷惑だとばかりに、テスターが椅子に踏ん反り返る。
これもまた正論だったので、リュートはなにも言えずに押し黙った。
テスターの用向きは、襷野高校で使用する教科書が書店に届いたので、受領に行く……というものだった。
彼は明日付で襷野高校に編入予定なので、取りに行くなら今日しかない。だからせっかくの日曜日に、わざわざ電車で市外まで出てきたのだ。
そしてリュートの役目は――しばらくの間、監視下に置かれているセラも巻き込んでの――テスターの付き添いだ。
「校外に慣れている者が同行した方がいいだろう」とは、訓練校学長セシルの談だが……
(絶対、ぜっっったい、俺に右手を傷つけられた腹いせだろ……)
それか、意味のない気まぐれな嫌がらせか。
とはいえ、テスターが教科書を必要としているのは襷野高校に通う羽目になったからで、それを思えば確かに、人手を増やさざるを得ない取引をあいつと結んだリュートが、今回の用事をつくった原因といえなくもない。
応援コメント
コメントはまだありません