愚神と愚僕の再生譚
1.垣間見える幻妖④ だいたいにして気に食わないのよ。
◇ ◇ ◇
「異常なーし」
ライトで照らされた教室内をざっと目視し、テスターは入り口から乗り出していた上半身を、廊下へと引き戻した。
(むしろ異常があった方が、話が早くて助かるんだけどな)
リュートたちは1階から、テスターたちは4階から校舎を見回っていた。例の――悪戯をするとかいう意味不明な――堕神に出くわせば少なくとも見回りに区切りはつくが、見つからなければそのやめ時も分からない。
そもそも昨日、一昨日と目撃されたから今日も出るのでは……という漠然とした期待で動いているのが、問題ではあるのだが……
訓練校に戻ったリュートとセラが、念のためにとセシルに報告したところ、ひとまずは今夜様子を探ってこいと追い返されてきたのだ。
その時テスターは帰校の途にあったので、駅で合流して本日二度目の登校をする羽目になった。セシルが校長に話を通してくれたので、夜間の学校を歩き回る許可は苦もなく得られたものの、やはりどうにもモチベーションは上がりにくい。
「1、2時間見回って、なにもなければ帰校ってのが妥当かな」
聞き手を意識して吐いた言葉になんの反応もなく、テスターは居心地悪く振り返った。
「セラ~。お互いしゃべる相手は他にいないんだし、もうちょっとフレンドリーにいかないか」
哀れっぽいまなざしを向けられても、セラは一顧だにしなかった。
それでも忍耐強く待っていると、やがて口をとがらせ言ってきた。テスター同様、簡易ライトのついた携帯ブザーを向けて周囲を照らしながら、
「クロスボウで射ってきた相手に、そうすぐに心は開けないわよ」
「君だって俺に麻酔薬打ち込んだじゃないか。あれ、絶対致死量とか気にしてなかったろ」
「それをいうならテスター君。あの時、私のこと本気で殺そうとしてたでしょ」
「あー、そこ突いちゃう? 参ったなあ」
実際言い訳のしようもなく、テスターは頰をかいた。
「だいたいにして気に食わないのよ。あなた、学長の手先じゃない」
不機嫌そうに言い捨てると、セラは一方的に歩きだした。
テスターは遅れないようついて行きながら、言い訳するように両手を広げた。携帯ブザーが傾き、照らす光が上を向く。
「今はなにも監視したりしてないって。むしろその役割は今、君のリュート兄ちゃんが担ってるだろ」
「それでも、学長になにを頼まれてるか分かったもんじゃない」
「その学長っていうの、つれなくないか? お父さんなんだろ? もっと親しくしても――」
迂闊な発言と気づいた時には、とっくに地雷を踏んでいた。
セラがバッとこちらを振り向いた。拍子に豊かな金髪が跳ね上がる。自らのライトに下から照らされたその顔は、明らかに怒っていた。
「お母さんを殺して私たちを殺そうとしたやつに、どう親しくしろっていうのよ⁉」
「……そうだな。悪い」
目を伏せ、謝る。
セラは瞬間的に沸騰した感情を抑えるように、つり上げていた眉尻を下げ、
「別に。気にしない」
苦々しくうめき、歩みを再開した。
ひとまずはその言葉に安堵して、テスターはそれた話を元に戻した。セラの横に並びながら、
「でも俺本当に、君とは仲良くしたいと思ってるんだぜ」
「そう」
着いた先の教室内を照らしながら、淡泊な相槌を打つセラ。
「確かに俺の印象は悪いかもしれないけど、よく言うだろ? 昨日の敵は今日の――」
「下僕?」
「友! 漫画とか読まないのか?」
「読んだことないわ」
「訓練校の図書館に少しなら置いてある。一度読んでみたらどうだ? 結構爽快な気分になれるもんだぜ」
「そうね」
セラは一応検討してくれたらしく、少し黙り込んだ後、至って真面目な顔で聞いてきた。
「傲慢な神を八つ裂きにする、神殺しの話とかある? それなら爽快な気分になれそうだわ」
「……残念ながら、君のピンポイントな滅殺願望を満たす漫画は置いてないかな」
「そう」
今度は明確に興味を失った様子で、セラが歩きだす。
(なんていうか、つかみどころのない娘だよなぁ)
この見回りが終わるころには、もう少し自然に会話が運べるようになるのだろうか。
そんなことを思いながら、テスターも歩みを再開した。
◇ ◇ ◇
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