愚神と愚僕の再生譚
1.守護騎士来校⑥ もしものとき、絶対に地球人を犠牲にしてはならない。
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◇ ◇ ◇  走る。駆ける。疾走する。  次元のずれが生じた場所は、恐らく4階の中央階段付近。2階突き当たりに位置する教室からでは、遠いとまでは言わないが、それなりに距離がある。 (ちっ! 人がっ……)  昼休憩のため、廊下では多くの生徒が行き交っていた。もどかしくて仕方ない。 「げんしゅつ対応中ですっ! 道を空けてください!」  その切羽詰まった声からか、リュートの青い制服からか。  いずれにしろ生徒たちはされたように、慌ててリュートに道を譲った。  制服の裾がなびき、靴底が激しく床をたたく。  階段に差しかかると手すりに手を掛け跳び上がり、踊り場を折り返した後の段まで一気に進む。人が多い時は大きな動きが取れないため、段飛ばしで駆け抜けた。  近づくほどに次元のずれがはっきりと認知できた。その中心地点の座標は、やはり4階階段のものである。 「ここ……か!」  最後の2段を大きく跳んで、リュートは4階へと到着した。勢いを殺すことなく角を曲がり―― 「きゃぁっ⁉」 「んなっ⁉」  角を曲がった瞬間、目の前に女子生徒がいた。  リュートは身体からだをひねって彼女をけるが、バランスを崩して転倒してしまう。 「だ、大丈夫ですか⁉」  女子生徒が泡を食ったように差し伸べてきた手を、リュートは起き上がりざまに激しく振り払った。 「俺はいいから早く逃げろ! ここは危険だ!」  女子生徒の返事を確認する暇もない。急いで辺りに視線を走らせ―― (――いたっ!)  ――しん。次元のはざをさまよう、神々の怨念。  全体的なフォルムは人間に似ているが、それはあくまで粗雑なシルエットとして見た場合だ。  身の丈2メートル強の真っ白な身体からだの中心部は、のっぺりとしていて細長い。  しかし肘から指先にかけては、詰め物をしているかのように肥大化している。いかつい五指の先端で存在感を放つのは、黒く鋭く光る爪。下半身が床下に透過しているため今は見えないが、膝から下も同様の形状だ。  頭部は類人猿のように前方に突き出ており、顔にあたる部分には、唯一の個性ともいえるパーツがあった。  顔一面に埋め込まれた、軟性の赤い物質。ゼリーのような光沢があり、卵型の白い頭部と相まって、それはひとつの大きな眼球にも見える。そのためか便宜上――実際の感覚器官についての詳細は未解明だが――赤い軟物質が《》と呼ばれていた。  女神の魂にかれながらも、その存在を正確に捉えられないことにいら立っているのか。しんは無意味に腕を振り回しながら、次元のはざはいかいしていた。  それはまあ、予想通りのものであったのだが。 「なにやってんだお前らはっ⁉」 「え?」  リュートの怒声に、しんに群がっていた生徒たちが一斉に振り向く。 「よりにもよって――鬼に群がるなんて、一体どーいうつもりだ⁉ とっとと逃げろっ!」  ブーツの底を廊下に荒々しくたたきつけ、まなじりつり上げ怒鳴りつけるが。 「だってこいつら、俺らには触れられねえし」 「だったら別に怖くないし」  言いながら実際に、しんへと手を伸ばす生徒たち。  確かに彼らの手は、空気をつかむようにしんをすり抜けているし、しんにも生徒たちを襲おうとする気配はない。魂の充満を漠然と感知できても、個別認識ができていないのだ。  が、 「だからって積極的に群がることもねえだろ⁉ 仕事の邪魔だ、早くどけっ!」 「ちぇ、つまんねえの」 「いっつもこうなんだよなー」  リュートのけんまくに、生徒たちが文句を垂れながらもしんから離れ始める。わざとらしい舌打ちも聞こえてきたが、この際無視する。 (ちっ。いちいち面倒かけやがって)  失念していた。  しんがこちらの世界に接触できないのをいいことに、好奇心むき出しで近づく人間がいることを。確かに地球人である以上、しんに傷つけられることはないのだが…… (ここはげんしゅつ多発のイレギュラー地点だぞ。万が一、顕現したらどうする気だよ!)  そもそも今現在危険でないはずの地球人を、しんぼくが必死にまもっている理由がそれだった。  しんが次元のはざを抜け出て完全にこちらに顕現したとき。地球人は非力な獲物に成り果てる。それはあってはならないことだった。  もしものとき、絶対に地球人を犠牲にしてはならない。だから常時、自らの身を危険にさらしてしんを狩っているというのに。 (これじゃあ俺らが馬鹿みたいじゃねーか、くそ!)  分かっていたはずのことを再認識し、いら立ちの目をしんへと向ける。  しんもこの場で唯一脅威となる存在に気づいたのか、赤い《》をリュートへと向けた。心なしかその《》に、殺意の炎がともったように感じる。  といってもそれはリュートにではなく、しんぼくがもつ因子から感じ取れる、女神という存在に対してのものだろうが。 「……別に恨みはねーんだけどよ」  悪いな、俺はこっち側なんだ。  口には出さず、心の中でリュートはわびた。  しんから目は離さず、腰の剣帯へと手を伸ばす。右手は武器に、左手はカートリッジに。 「頼むから、あんま抵抗するなよな」  無駄な願いと知りつつつぶやき、リュートは逆手にけんを抜いた。
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