愚神と愚僕の再生譚
2.地球人と疑惑と渡人④ なんで様付け?
周囲の凍った空気をものともせず、少女は数メートルの距離を詰めてきた。跳ねるように歩くたび、腰まで覆う緩やかな金髪が揺れる。
少女はリュートのそばまでやって来ると、長いまつげに飾られた碧眼を輝かせた。
「全力でサポートいたしますので、よろしくお願いします、リュート様っ」
「あ、ああ――というか」
ようやく硬直から脱したリュートは、にやにや笑いを浮かべるテスターを横目に、付け加える。
「なんで様付け?」
「当然ですっ! 守護騎士は女神様の直接の手足となる、尊敬すべき存在なのですから。頑張りましょうねリュート様! 女神様に身も心も捧げ、殉職するまで働きましょう!」
グッと握り拳を作るセラの目にともる、使命の光。神僕ということを差し引いても、有り余る狂信ぶりが見え隠れしている。
リュートは多少引き気味に応じた。
「守護騎士っていったって、俺まだ訓練生なんだけど……って、もしかして君も……?」
そこまで言って、当たり前のことを聞いたと気づく。
セラは『アシスタント及び研究員』をめざす、AR専科の制服を身にまとっていた。加えてライン色が白ということは……
セラは袖口のラインを見せつけるように腕を上げ、
「はい、私も訓練生です。私たち同期なんですよ? 同じ講義を受けていたこともあります。リュート様は覚えてないみたいですけど」
くすりと笑って、人さし指をぴっと立てた。
「そうそう、今よろしいですか。お話したいことがあるんです」
「任務の話? じゃあ俺は抜けた方がいいね――またなリュート」
「あっ、おい」
テスターは手短に告げるとトレーを手に取り、リュートの制止も待たずに席を立ってしまった。
歩き去っていくその背中を見送りながら、リュートはやや恨めしげな声を上げた。
「俺は話の途中だったんだけど」
「仕方ありません、任務のことですから」
セラは歯牙にもかけず、テーブルを迂回して、テスターが座っていた席へと腰掛けた。他の生徒たちも興味が尽きたのか、何事もなかったかのように雑談に戻っていく。
こうなってしまっては、任務の話をしないと意味がない。
それならばと、リュートは一番の疑問を口にした。
「アシスタントなら、なんで今日は来なかったんだ?」
アシスタントは担当守護騎士のカートリッジ作製や予備の緋剣の管理など、守護騎士の補佐を担う。
リュートにもひとり担当が付くと聞いていたから、それらしき者から接触がなくておかしいとは思っていたのだ。
リュートの言葉を、任務をおろそかにした非難だと受け止めたのか、セラは軽く目を伏せた。
「急ぎ確認したいことがありまして、資料室にこもっていました。リュート様のカートリッジはまだ予備があるようでしたし、なにしろ直前の指令で時間がなくて……申し訳ありません」
どうやらセラの方は、こちら以上に急な命令だったらしい。
リュートは気にしていないことを示そうと小さく手を振り、聞き返した。
「確認したいこと?」
「はい。襷野高校での、堕神の異常幻出。理由を突き止める必要があると思いまして――渡人の立場も考えると」
「まあ、確かに……」
襷野高校の高幻出率も、今のところは珍しい事例としか地球人は認識していない。恐らくは二重幻出についても同様だろう。
しかしその異常性は計り知れない。特に、一度観測されることすら希少な二重幻出が、同地点で二度も発生しているのだ。リュートとしても気になるところではあった。
「それで、なにか分かったのか?」
セラの表情からその肯否は予想できていたものの、流れでリュートは促した。
案の定、セラは大きく首肯する。
しかしその内容は、予想を大きく上回るものだった。
「こちらの世界から誰かが呼び込んでいます。それも恐らく、襷野高校の生徒が」
◇ ◇ ◇
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