愚神と愚僕の再生譚
2.至極まっとうで謙虚確実な報酬の取得手段すなわち有償奉仕③ この馬鹿とクラスメートなんだって?
◇ ◇ ◇
須藤明美の訓練校への招待は、少し前から上っていた話だった。
襷野高校にいる間はリュートたちがそばに付けるが、休日となるとそうもいかない。
無論、明美の事情を知る数少ない守護騎士が、彼女の家の近くで昼夜交代で張り込んではいる。しかしそれではやはり心もとない。
せめて土日のうち少しの間だけでも、神僕の本拠地――つまりはここ世界守衛機関本部にいてほしいというのが、セシルの主張だった。
そんなセシルの提案に、明美本人はふたつ返事をしてくれた。両親への説明と許諾の確認――種族間交流への協力依頼、という体で――も無事に終え、ここに至るという訳だ。
守衛所での手荷物検査を済ませて裏口から外に出ると、リュートは予定の確認をしようと明美を振り返った。
目が合ったことで機を得た――と思ったのかどうかは知らないが、胸に『Visitor』のプレートを付けた明美が、そういえばと口にする。
「今日はアルベルト君いないんだね」
「テスターは襷野高校にいる。一応な」
明美がその場にいないのであれば、襷野高校の幻出レベルは通常値の域を出ない。
が、当然その事実は公表できない。明かしてしまえば、そう判断した理由の提示まで求められるのが必至だからだ。
となると、書類の上で交流学生兼専属守護騎士をうたっている以上、リュートたちが土日の襷野高校をまるっきり放置するわけにもいかない。
時には正規の守護騎士の協力も得て、リュートとテスターが交代で哨戒の任に就くのが、ここ最近の常だった。
「休みの日も? 大変だね」
気遣ってくれる明美に、セラがあきれたように息をつく。
「同じく休みの日にここに来てくれてる須藤さんも、なかなか大変だと思いますよ?」
「私はどうせ、本を読んだりして家で過ごしてるだけだから。送迎もしてもらえるし、実は結構楽しみにしてたんだよね。ふたりの学校が見学できること」
わくわくと目を光らせる明美。そこへばたばたと乱入者が現れた。
「あ、いたいたー。あなたでしょ、見学に来た地球人学生って」
「ほら言っただろ、そろそろ来るって」
「君、この馬鹿とクラスメートなんだって?」
野次馬根性丸出しで、3人の少年少女が話しかけてくる。皆、リュートの同期訓練生だ。
「どういう流れで見学になったの? 種族間交流の一環だって聞いたけど」
「もしかしてこいつがあまりに勉強できなくて、わざわざ教えに出向いてきてくれたとか?」
「あ、いえ、天城君は別に……」
「ごめんなー。こいつが馬鹿なだけで、渡人のレベルはちゃんとしてるから。誤解しないでくれよな」
「おい……」
好き放題に明美に吹き込む同期の肩口をつかみ、リュートは嚙みついた。
「俺だってそれなりの成績は取ってんだぞ⁉」
「そうなの? 信じられない」
「あー、地球人の学校だからって、頑張って見栄張ってんだな」
「俺の見栄じゃねえ! いい成績とれって命令されてんだよ!」
リュートは後方にそびえる世界守衛機関本部棟を、振り向きもせずびしっと指さした。
「まあなんでもいいけどね」
「俺たち課題やんなきゃいけないんだ」
「そういう訳で忙しいから、もう行くな」
「二度と来んな!」
去っていく背中に怒声を浴びせると、明美が「えっと……」と前置きして聞いてきた。
「お友達?」
「違う。敵だ」
ふてた目で断言するリュート。
「はいはい、子どもじみたすね方はいいからお兄ちゃん。早く須藤さんを案内してあげましょ。いつまでここに立たせておくつもり?」
ぱんぱんと手をたたいて急かしてくるセラに、リュートははっと思い出した。
「ああそうか、悪い須藤」
「ううん大丈夫。それにしても、渡人の学校ってすごく広いんだねえ。今日だけじゃ絶対見て回れないよ」
手を額に付け、見通すようにぐるりと回る明美。
「世界守衛機関本部と守護騎士駐屯地も兼ねてるからな。他の訓練校はもう少し小規模なはずだぜ」
「天城君たちはここに住んでるんだよね?」
「ああ。そこにでっかい建物があるだろ? あれが世界守衛機関本部棟で、その奥に俺たちの寮があるんだ」
リュートは遠方に垣間見える建物群を指さした。
「えと、本部棟の、隣にある建物?」
「いえそれは職員宿舎です」
リュートと明美の間に割って入るように、セラ。
「職員宿舎の後方に男子寮が連なっていて、その隣が女子寮になっています。ここからじゃほとんど見えませんけどね」
「え? え?」
「案内図見た方が早いか」
疑問符だけを増やしていく明美を見て、リュートは身体を反転させた。
守衛所の壁に沿って正面側へと回り込むと、入り口横の案内図を拳でこんこんとたたく。
「ま、これが俺たちの訓練校の全てだな」
リュートについて来た明美は、示されるがままに案内図へと目をやった。
「すごーい。体育館や運動場がいっぱいあるんだ」
感心の声を上げる彼女は、一通り案内図を眺めた後、「ん?」と眉をひそめた。
「この特殊第一運動場っていうのは? こっちの第1運動場とかとは違うの?」
「へえ、めざといですね」
セラがどうでもいいという口調の中に、多少の感心をにじませて答える。
リュートは流れを受けて、あくまで自然の成り行きとして提案した。
「訓練校の見学としてはちょうどいい設備かもな。すぐ近くだし行ってみるか?」
実をいえば、狙っていた流れではあった。
◇ ◇ ◇
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