愚神と愚僕の再生譚
4.終息する変事② 私の天城君に対する感情は……
◇ ◇ ◇
(天城君、大変そうだな。角崎さんに付きっきりで)
遠ざかっていく龍登の足音を聞きながら、明美は胸中でつぶやく。
凜を放っておくわけにはいかないということで、龍登は彼女を追って教室を出ていった。
それが少し寂しくもあった。まるで自分の立ち位置が取られたみたいで。
(……私って嫌な人間)
ちょっと構ってもらえなくなったからって――しかも自分の衛護が龍登の負担でしかないことを知っていながら――、そんな思いにとらわれる自分が嫌だった。
でも、ひとつ分かってすっきりしたことがある。
(私の天城君に対する感情は……たぶん恋じゃない)
龍登と出会った頃の感情について、瀬良が説明してくれたことがあった。
明美が龍登を気にかけていたのは、内に在る女神が原因で、明美の感情に起因するものではないと。
今だって、桃色めいた嫉妬が湧き起こるわけでもない。ただ少し寂しいだけだ。
「よし。待ってたって時間の無駄だし、俺たちだけでも昼食にするか」
ビニール袋を掲げ、テスターが軽やかに宣言する。
セラがすかさずあきれた声を上げた。
「そんなこと言って、テスターさんは自分が食べたいだけじゃないですか」
「しょうがないだろー。俺ってば燃費悪いんだから。腹が減っては鬼は倒せぬ、だろ?」
「腹が肥えても鬼は倒せぬ、ですよ」
譲らぬように告げてから、セラは「あ」と漏らした。
「私ちょっと、学長に電話報告してきますね」
言い終えるなり、ここ――つまりは明美と銀貨のいる場所――では話しにくい内容なのか、ぱたぱたと小走りに出ていった。
「ほんと手厳しいよなー、セラは。なあ?」
「そ、そうだね……なのかな?」
同意を求めて向けられた目に、明美が申し訳程度の相槌を返すと。
スマートフォンの振動音が、どこからか聞こえてきた。
テスターが胸ポケットから、手早くスマートフォンを取り出す。
「はい、テスターです」
応答しながら、手近な机にビニール袋を置き、教室隅へと移動するテスター。
「今ちょうど、セラがそちらにご報告しようと出ていったところですよ――ええ。俺は今、クラスメートと昼食を取ろうとしているところです」
返答の感じからするに、明美たちがいても支障ない会話にもっていくつもりのようだ。
それでもやはり、聞き取るのは後ろめたい。
明美が銀貨の方を向くと、彼も同じ事を感じていたらしく、物言いたげな視線とぶつかった。
視線と指で示し合わせて、明美と銀貨は、テスターとは対極に位置する机へと移動した。隣り合って着席し、手持ち無沙汰な沈黙が訪れる前に口を開く。
「幽霊って本当にいるんだね」
「だね。僕も今まで本気で考えたことなかったよ。でも鬼がいるんだし、幽霊だっていてもおかしくないのかな」
「それもそっか。だけど角崎さんも災難だね」
「……どうだろう」
「え?」
世間話的な一続きの流れに乱れが生じ、明美はつんのめった心持ちで聞き返した。
銀貨はこちらには視線を返さず、机の表面に漠然と目を落としていた。
「僕はちょっと、思ってるかもしれない……いい気味だって」
「……ごめんなさい。私、無神経なこと言っちゃった」
表情のない横顔を直視できず、明美もまたうつむいた。
(私ってば……)
銀貨と普通に話せるようになったことがうれしくて、つい忘れてしまう。
銀貨が明美を助けたせいで、ひどく苦しむ羽目になったことを。
「須藤さんは?」
「え?」
ぱっと顔を向けると、銀貨は陰った顔で続けてきた。
「須藤さんはどう思ってるの?」
同調してほしいような、してほしくないような――自分でも分かっていないような聞き方だった。
明美は考えた。自分の心を探って答えを探した。しかし、
「私は……分からない」
答えは形にならなかった。
沈黙が続く。テスターの話し声が耳に届いたが、盗み聞きしてしまうという気まずさは感じなかった。
頭の中で思考がぐるぐると渦巻き、聞こえた内容は全部、頭に入ることなく右から左へと素通りしていたから。
◇ ◇ ◇
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