愚神と愚僕の再生譚
2.至極まっとうで謙虚確実な報酬の取得手段すなわち有償奉仕⑧ 放浪石
「じゃあ早速準備ってことでいいですね?」
言うなり、剣帯を外し始めるタカヤ。キャリーボールに緋剣は邪魔ということだろう。
それはリュートも同様で、若干迷ったものの――明美のための装備であったので――多少手から離れるくらいならばいいだろうと、タカヤに倣って剣帯を外し、背中の籠も下ろす。さらには長めの裾が邪魔になるので、制服の上着も脱いだ。
その間フリストはというと、過保護な親のようにタカヤの上着を脱がし、ヘッドギアをかぶせていた。
「ささ、タカヤ君これを着けて。腕輪を着けるのも忘れずにね」
「は、はい……割と重いんですね。これで身体が軽くなるんですか?」
「ああ、ばっちりさ。僕を信じて」
(僕を信じて、ねえ……よく言うぜ)
信じた結果を体験している身としては、笑止千万といったところだ。
本来テニスボールを入れるはずだった籠に、緋剣や剣帯、上着を入れる。ついでにセラが脱いだ上着も受け取り、籠内の一番上に置いた。
「わ……なんかビリビリ来ますね」
装置を身に着けると同時、惑いの声を漏らすタカヤ。
フリストがリモコンを手に、誇らしげな笑みを浮かべる。
「これのおかげで君は次元を渡れるんだよ」
「次元を?」
微弱電流に戸惑うタカヤを見ていると、今朝の自分を思い出す。と同時に、フリストが付け加えた解説に、先ほど抱いた疑問がよみがえった。
「そういえば先輩。これも俺が試したのと同じ、疑似質量形成に関わる装置なんですか?」
「ああ。ただしあれとは真逆だ」
「真逆?」
フリストはこちらを振り返り、手ぶりを交えて説明し始めた。
「君が装着したのは、渡人をこちらの世界に寄せるための装置だっただろ? これは渡人を鬼がいる次元――つまり僕たち本来の世界へと寄せるための装置なんだ。どうだい、興味深いだろう?」
相変わらずすごいことを考える。
女神が本来の力を失っている今、神僕が任意に次元を渡る――渡元する術はない。特段それで困ることもないのだが、リュートたちの世代は、種としての故郷を直接は知らないことになる。
そういった意味ではフリストの言う通り、確かに興味深い。
「そしてここが、天才学生と名高い僕の真骨頂なんだけど」
「初耳ですけど」
「……天才学生と呼ばれる予定である僕の真骨頂なんだけど」
存外素直に訂正して、フリストが続ける。
「実はこれ、素材にディメンショナル・マターが使ってあるんだ」
「放浪石を?」
「そう、ディメンショナル・マター。通称放浪石。放浪石は不規則に次元を渡る――つまり存在感の比重が変化するだろう?」
渡人なら当然知っているはずのことだが、恐らくは、明美が知らないという可能性を考慮しての解説なのだろう。その辺りは面倒見がいいというか、よき先輩といえなくもない。研究に熱中するあまり、危険なことも平気で無理強いしてしまいそうな危うさがあることを除けばだが。
「その存在自体が不安定な放浪石は、存在感を誘導するにはちょうどいいと思ってね。特別申請して、使用許可を得たんだ」
(へえ、すごいじゃねーか)
口には出さなかったが、リュートは感心した。
放浪石は渡元する際に、周囲の空間もねじ切っていく。地球人など、存在感を箱庭世界のみに置いているものには影響を及ぼさないものの、次元をひどく不安定にさせるのだ。場合によっては堕神の顕現につながりかねないほどに。
そんなはた迷惑な石であるから、扱いについては世界守衛機関の管理下に置かれている。つまり放浪石の使用許可を得たというのは、そのまま研究の有望性が高いと判断されたことを意味する。
だからだろう。語るフリストの顔は得意げにほころんでいた。
(なるほどねえ……体重が軽くなるのは、元始世界に存在感を寄せるからか)
納得しかけ、引っかかりを覚える。
どこがどう、とかはぱっと出てこない。思考の過程をすっ飛ばして結果だけの懸念が浮かんだため、漠然とした不安の理由が自分でも分からない。
「ちょっと待ってくださいよ」
いち早く指摘してくれたのはセラだった。
「それってめちゃくちゃ危険なんじゃないですか?」
彼女が緊張した面持ちで、そう聞いた時。
突然タカヤが悲鳴を上げた。
◇ ◇ ◇
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