愚神と愚僕の再生譚
3.雲下の後悔② それは内輪でだけって約束だろ!
◇ ◇ ◇
「どーして『様』を付けるんだよっ⁉ それは内輪でだけって約束だろ!」
扉をぴたりと閉めてから両手を引きつらせ、ためていた思いをぶちまける。
場所は変わって体育館倉庫。
最初は視聴覚室に行こうかと思ったが、授業で使用中のはずだ。体育館なら今は使うクラスはない。急遽内密な話が必要になったときのため、そういったことは一応確認してあった。
(想定していた内密とは、だいぶ方向性が違うけどな!)
なんだか情けない気分になったが、それでもリュートにとっては内密で重要なことだった。
が、
「約束を反故にしたのは謝罪いたします! でもやっぱり納得いきません! 私にとって守護騎士は尊敬すべき対象……敬った呼び方をするのは、なんらおかしなことではありませんっ!」
リュートの羞恥もなんのその。
しばらく口を閉じていたセラは、せきを切ったように声高に主張し始めた。呼吸が荒いのは倉庫に着くまでの間に、黙れしゃべるな息するなとリュートがすごんだせいかもしれない(まさか律義に守るとは思わなかった)。
「むしろ私の方が、本来アシスタントとして在るべき姿を、体現しているものと自負しております!」
「たとえそうだったとしても、時と場所となにより俺の気持ちを考えろよっ!」
「というと?」
本気で分からないという顔をするセラに、リュートは泣きたい思いで詰め寄った。
「地球人の前で、大真面目に変な呼び方をするな!」
「別段おかしくないですよ! あだ名だと思えば」
「クラス中ドン引きさせる破壊力発揮しといてよく言えるなっ⁉」
「周りを気にするなんてリュート様らしくないですね。いつも無視して学長に喧嘩売ってるのに」
「俺にだって最低限のプライドとかちょっとした見栄とか、そーいうもんはあるんだよ!」
「あるんですか?」
「もう塵と消えそうだけどな!」
「用事ってそれだけですか? なら戻った方がよくありません? 須藤明美から、できるだけ目を離さない方がよろしいかと」
「う……」
さらりと流された挙げ句に正論を言われ、言葉に詰まる。
「……そうだな」
『様』呼びに関しては諦めるしかなさそうだ。
リュートは観念し、倉庫から出ようと扉に手を掛けた。
と、セラが思い出したように付け加えてくる。
「あ。あと授業後、採血するのでよろしくお願いします」
「またかぁ? 昨日の夜も今朝もだぞ。さすがにちょっと採り過ぎじゃないか?」
げんなりとうめく。
緋剣の刃は所有者の血で出来ている。それも新鮮な。体外に出た血液からは時間とともに、含まれた女神の因子が消失してしまうのだ。
自然、守護騎士はカートリッジのストック保持のため、ほぼ毎日採血を行うことになる。造血細胞の多い神僕だからできることで、地球人が行えば恐らく、数日も経たずに血が足りなくなる。
それをリュートは、襷野高校の大量幻出にひとりで対応するため、緋剣何本分も採血しているのだ。さすがに貧血気味で、たまに目まいもする。
セラはリュートの顔色を確かめるように見てから、にっこりと微笑んだ。
「増血剤飲めば大丈夫ですよ」
ここにも鬼がいる。
思わず緋剣をぶん回したい衝動に駆られるが、リュートは理性をもった生き物として、冷静に食い下がった。
「そうは言うけど、ほんと血が足りなくって。いざというとき、立ちくらみでうまく戦えないってのも間抜けな話だろ?」
「血が足りなくても搾り取ります。いざというときは気合で頑張ってください。守護騎士訓練生は、そういう訓練もしてると伺ってますよ。幻出が多いんですから、ストックも多くないと」
完敗だった。
自分にはセラを言い負かせられない。増血剤を濫用するしか手はなさそうだ。
「分かったよ、血でもなんでも持ってけよ」
悔し紛れにセラからつい、と顔を背ける。
「そんなすねないでくださいよ。リュート様を思ってのことです」
「はいはい」
扉に掛けたままだった手を握ってセラが機嫌を取ってくるが、適当に受け流す。
それが気に入らなかったのか、セラが強く腕を引っ張ってきた。
「本当です! 私リュート様のためなら、なんだってできるんですからっ!」
「ぅわっ、な、なんだよ急に⁉ 分かったから引っ張るな――」
思っていた以上に貧血気味だったらしい。全身全霊引っ張ってきたセラに釣られ、たたらを踏むリュート。そこにセラの足が絡まり、
「ぅわっ⁉」
「ぅきゃあぁっ⁉」
ふたり仲良く倒れ込んだ。
「……っ痛ぇ」
――頭がくらくらして、状況がよく認識できない。
打ちつけた肘をかばっていると、下から弱々しい声。
「痛いのはこっちですぅっ」
セラはリュートの下敷きになっていた。自分の髪に絡まるようにして手をばたつかせ、抗議の声を上げてくる。
「あ、悪いっ」
慌ててどこうとしたところに、がららと扉を開ける音が響いた。
振り向くと倉庫の入り口に、リュートのクラスメートが集まっていた。担任の飯島もいる。
「……あの……クラスのレクリエーションで、バレーボールでもって」
生徒たちは気まずげに目をそらし、そうしながらも、ちらちらとこちらに目をやっていた。
「お前ら、なに、やってるんだ?」
歯切れの悪い飯島の言葉に、リュートは気づいた。セラを押し倒しているように、見えなくもない自分の姿に。
「……違うっ!」
叫んで、その体勢のまま大きく後ろに跳ぶ。
ボール籠にぶつけた後頭部から星を飛ばしながらも慌てて立ち上がり、
「違うっ! そーいうんじゃねえから! 違うからっ!」
真っ赤になった顔を隠す余裕もなく、必死に否定する。
しかし、
「だからリュート様なんだね」
「やだー……」
「ちょっとかっこいいかもって思ってたのに……」
「あんなかわいい娘と。羨ましいっ……」
ささやき合う声が嫌でも聞こえ、リュートはがっくりとうな垂れたのだった。
「退学したい……」
◇ ◇ ◇
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