愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち⑥ リアムは必死に主張した。
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 理解は取りこぼしたまま顔だけを上げると、父はいつもの無感動な目で、リアムを見下ろしていた。 「訓練校の登録情報によると、君には妹などいないはずだが」 「な、なに言ってるんだよ父さ――」 「この手紙の意味はよく分からないが」  『父さん』という単語をかき消すように、父が言葉をかぶせてくる。 「もしサンタクロースが万が一にも存在して、君が誰かしらの拉致をお願いしたならば、その者の命が危ういな」 「え?」 「サンタクロースはプレゼントを与えてくれる反面、さらった子どもはトナカイの餌にするらしいからな。さらわれた者は、世界の記憶からも消えるといわれている」 「世界の……記憶?」 「つまりは、みなに忘れられるということだ。まあ無論、サンタクロースなど存在しないが」  告げる父の顔は、至って真面目だ。 (ど、どういうこと? なんで父さん、セルウィリアのこと知らないって言うの?)  学長ともあろう者が、忘れたふりなどという悪ふざけをするはずがない。ということは、 (本当に忘れてる? それってつまり……)  リアムの顔は、さっき以上にそうはくになった。 (もしかして、サンタがセルウィリアを持っていっちゃった……?) 「そ、それじゃあセルウィリアはトナカイにっ……」 「いもしない妹を、いもしないサンタクロースのことで心配するなど、君は相当錯乱しているようだな」  父はリアムの言葉に耳を貸さないばかりか、リアムが混乱でおかしくなったと思い込んでいるようだった(そうであるならば、もう少し心配してくれてもいいような気はするけれど)。  つまらないものを眺めるようなまなざしにあらがうように、リアムは必死に主張した。 「い、妹は……セルウィリアは本当にいます!」 「たわごとに付き合うほど私は暇ではない――しかしまあ、それほど心配なら、母親に確認でもしてみればいい。ちょうど今、面会に来ているのだろう?」 「っ……あの、僕……失礼します!」  リアムは反転して駆けだした。大事なことを確かめるために。 (もし、もし僕のせいでセルウィリアがさらわれちゃったなら……)  そんなはずない。  サンタはいない。いたとしても、冗談交じりに書いた手紙を、サンタが真に受けるわけがない。  今走ってきた道は、こんなに距離があっただろうか。気持ちに足が追いつかず、リアムはつんのめるようにして足を動かした。  もどかしさにいら立ちながら、ようやく談話室へとたどり着く。 「母さん!」  再び騒がしく扉をけると、リアムは母の元へと駆け寄った。  母は電話中のようだった。携帯電話を耳に当て、こう話すのが聞こえてきた。 「――タ? セルウィリア? さあ、知らないわね」  ぐわんと、殴られたような衝撃を頭に受ける。 「それじゃあまた。リアムが戻ってきたみたいだから」  母は電話を切ると、 「早かったわね、リアム」  いつものように、リアムの大好きな笑みを浮かべた。 「あのね、今お父さんが――」 「ごめんなさい!」  母の言葉を遮り、リアムは叫んだ。  周囲の注意を引いて、仲間から小馬鹿にするような視線を向けられるのにも構わず、目に涙を浮かべて続ける。 「ごめんなさい、ごめんなさい」  母の顔がまともに見られない。下を向いて、ひたすら謝り続ける。 「あらあら、どうしたの」  優しく頭に置かれた手が、余計につらさをかき立てる。 「ごめんなさい、ごめんなさい」  それしか言えず、リアムはただただ謝り続けた。 ◇ ◇ ◇
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