愚神と愚僕の再生譚
5.立場の選択⑨ 感謝と謝罪と――
◇ ◇ ◇
「今日で皆さんともお別れです。短い間でしたが、とっても楽しく有意義な時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます」
教壇に立ち、未奈美は教室内に並ぶ生徒たちの顔を見回した。よほどの縁がなければもう会うこともないであろう生徒たちの顔を、しっかりと目に焼きつけておきたかった。
初日はなつかしさでいっぱいだった教室。すぐに自分の生活の一部として溶け込み、2週間の実習を終えた今、再び卒業式を迎えたような歓びと切なさが胸にあふれていた。
(あ、やば……)
柄にもなく目が潤んでくる。と、
ぱぱぱぱんっ!
「きゃっ⁉」
突然の爆発音に身がすくむ。
火薬の臭いが鼻孔をくすぐり、頭上からなにかが振ってきた。
「え、なに……?」
なすがままに紙テープや紙吹雪を浴びながら、未奈美は目をしばたたいた。
最前列に座る生徒たちが、紐の引かれたクラッカーを手にしている。
「月島先生、ありがとうございましたっ!」
示し合わせたように礼を述べる生徒たち。
「立派な先生になれよな、ツッキー」
こちらに歩み寄ってきた生徒――佐伯俊介から花束を受け取ると、未奈美は感極まって危うく滴をこぼすところであった。
続けて江山悦子が、大きな色紙を押しつけてくる。
「あとこれ寄せ書きです、みんなで書きました!」
「わ、うれしい。ありがとうみんなっ」
みんなで記念撮影でもしたいところだが、両手は花束と色紙でふさがっており、スマートフォンが取り出せない。
と思っていたら、生徒たちの行動は素早かった。
「月島ちゃん、記念撮影しよー。撮ったらデータ送るから、アドレスかID教えてね」
「あ、私も撮りたいっ」
あれよあれよという間に囲まれる。
こういうちょっとしたイベントでは、積極的に盛り上げに来る子と、遠巻きに見ている子、そもそも興味のない子とさまざまに分かれるものだ。
(……あの子はどうなのかしら)
視線をやると案の定というか、龍登は頰杖を突き、興味なさそうに窓の外を見ていた。
(結局お礼言えなかった)
生物室での一件があった後、鈴井はもっともらしい理由をつけて、自ら未奈美の担当を外れた。それ以降は挨拶程度しか交わしていない。
じっと見ているとさすがに気づかれ、龍登が姿勢そのまま、目だけでこちらを見返してきた。
が、そこから感情を読み取る前に視線を外される。
「ツッキー、ほら早く撮ろうぜ!」
「え? あ、うん」
俊介に促され、未奈美は花束を抱え直そうと、手元に目を落とした。
ふと、色紙の隅――1文字1文字が正方形に収まりそうな、やけにきっちりとした字体の文面――に目が行く。
『2週間にわたり、ご指導ありがとうございました。多くを学ばせていただいたこと、忘れません。月島先生のご活躍をお祈りしております。天城』
(……嘘くっさ)
苦笑が漏れた。
緋剣はまだ返せていない。言った通り、龍登は急かさず待ってくれていた。
(返さないとね)
同時に伝えたいことがある。感謝と謝罪と――
「撮るよー、月島ちゃん」
「オッケー!」
未奈美は向けられたスマートフォンに、満面の笑みを返した。
◇ ◇ ◇
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