愚神と愚僕の再生譚
3.故郷の幻影③ だったら俺は神僕じゃないのかもな。
◇ ◇ ◇
「おお……おお!」
女神の神殿を前にして、タカヤがうわずった声を上げる。
女神の神殿は、全体としてはローマ建築を思い起こさせる外観だった。が、元始世界での文化レベルがそのラインで止まっていたというわけではない。一説によると、女神自身の好みが反映されたものだともいわれている。
「見てくださいよ先輩! 女神様の神殿が目と鼻の先に!」
「ああ、そうだな」
感動に打ち震えるタカヤに悪いとは思いつつも、リュートは気の乗らない調子で返した。
パルテノン神殿や法隆寺など他種族の遺産よりは興味は湧くものの、なんといっても女神の神殿だ。神聖な女神を敬虔にたたえる場所というだけで胸焼けする。
そんなリュートの様子を見て、タカヤはつまらなそうにつぶやいた。
「……先輩はあまり感動しないんですね」
「いやしてるよ、心の中で」
「してないです。分かりますよ、先輩の本音がどこにあるかなんて」
頭を抱えようとし、ヘッドギアがあることを思い出したのか。タカヤが頭に伸ばしかけた手を半端な位置で止めて、気難しげな顔を見せる。
「でも理解不能です。神僕でありながら、なぜそんなにも女神様と距離を置くんです?」
「近づき過ぎれば離れたくなる。そういうものだろ?」
「俺は違います。セラ先輩も学長も――神僕なら誰だって!」
「だったら俺は神僕じゃないのかもな」
「言葉遊びをしてるわけじゃっ――」
「早く入ろうぜ。見たいんだろ、本物の女神の間を」
タカヤの追及をかわすため、リュートは重厚な石扉へと手を掛けた。きちんと動くか不安だったが、扉は重苦しい音を立てつつ、ゆっくりと横へスライドした。
最低限の隙間を空けると、滑り込むようにして中へと入る。
タカヤも目先の好奇心には逆らえないのか、中断された話題に食い下がることはせず、後に続いてきた。
壁際の燭台に当然火はともっていなかったが、明かり取りの窓があるため、視界の確保に不自由はしない。
神殿内の様子は、箱庭世界にある女神の間そのままだった。箱庭世界のそれが、こちらを真似ているのだから当然ではあるが。
「うわあ……」
すぐ後ろから涙声にも近い、感極まった声が聞こえる。
身体をどかしてタカヤに道を譲ってやると、彼は興奮をたたえたまま――いや、際限なく興奮レベルを上げていきながら、神殿内の中央へと歩みを早めた。
「俺今、本物の女神の間にいるんですね!」
完全になにかに酔っているタカヤを見て、リュートは元始世界に来てからこっち、彼に付きまとっている既視感の正体に気づいた。
(ああそうか。こいつ、まんまあの時のセラなのか)
タカヤの言動は、かつて共に女神の間を訪れた際の、セラのそれと瓜ふたつだった。正確にいえばセラは女神至上主義を模していただけなのだから、本物はタカヤということになるが。
女神の間でのセラとのやり取りを思い出しながら、リュートはタカヤへと近づいていった。
タカヤは振り切って陶酔しているのかと思いきや、わずかに別の感情を顔にのぞかせていた。ないと分かっていても欲しがってしまう、無念を交えた寂しげな顔だ。
「ずっとここにいられたら、女神様も神僕も幸せだったんでしょうね」
(女神がここを好いていたならな)
胸中だけで返したのは、自分でもどうしてそう思ったのか分からなかったからだ。
ただ――感覚として残っている。
女神と同化している時、さまざまなものを共有した。情報量が多過ぎて、実のところほとんどが忘却どころか理解もできずに過ぎ去っていってしまったが、わずかに覚えていることはあった。
(寂しい――って感覚も共有していた気がする)
自分を崇める神僕に囲われたところで満たされない、ずっとずっと昔から続く、決して消えない寂しさのような感覚を。
(まああの傲慢女神のことだし、力を失ったとか崇め方が物足りないだとか、そんな程度の寂しさなのかもしんねーけど……)
そもそもがリュートの錯覚で、寂しさなんて感じていなかったということも十分有り得る。
ふと気づくと、タカヤがこちらを見ていた。なんらかの反応を期待しているらしい。
リュートは無難な言葉を探し――
――グ……ガ……
外から聞こえてきた音に言葉探しを中断した。
見るとタカヤも、先ほどとは違う意味合いの視線をこちらに向けている。
「外へ出るぞ」
リュートは言って駆けだした。
ブーツが床の小石を跳ねる音に混じり、外からの音も届く。
――ギ……ガガッ
(なんだ? 鳴き声?)
疑問を掲げながら扉を抜け、外へと飛び出る。
緋剣の柄に手をやりながら周囲を見回し、リュートはひとつの影を捉えた。
それはよく見知ったものだった。個ではなく種として。
白い体軀に巨大な赤眼。
「堕神っ⁉」
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