愚神と愚僕の再生譚
1.守護騎士来校⑩ 肩先で切りそろえられた黒髪は、目を引くほどにきれいな光沢を放っていた。
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 しんの爪先がリュートの顔面に刺さる直前、それはなんの前触れもなく消滅した。 (あ……っぶねえ)  大粒の冷や汗を拭い、次元のゆがみが解消されたことを確認してから、ようやくあんの息をつく。  と、間近で見物していた生徒たちが、突然放たれたように歓声を上げた。 「おおっ!」 「すっげぇ! 見てたか今の⁉」 「そうかぁ? 全っ然迫力ねーじゃん、アクション映画のがよっぽどすごい」 「なんか苦戦してたみたいだし、守護騎士ガーディアンにしては弱いのかな」 「つーか年齢的に、まだ半人前なんじゃね? 前に来た守護騎士ガーディアンは2匹同時に出てきても、不意打ちは食らわなかったし」 「ていうかその子したんじゃ。大丈夫かな?」 「あの血は武器のだろ。それに俺たちより頑丈な身体からだしてんだ、大丈夫だろ」  大丈夫じゃねえ。  思わず胸中で突っ込むが、口に出しはしなかった。痛みで反論する気力すらない。  生徒たちは好き勝手騒いでいたが、やがて取り決めがあったかのように、続々と解散していった。 (騒ぐだけ騒いでそれかよ。完全に見世物じゃねーか、くそっ。人の忠告無視しやがって、アホなのかあいつらは)  予想外に痛い目をみたせいか、ぐちぐちと恨みごとばかりが頭を巡る。 「あー、いてえ……」  よろよろと立ち上がり、手放したけんを探す。  1本はすぐに見つかった。  リュートは足元の血だまりからけんを拾い上げ、それを拭いもせず、ぞんざいに腰の後ろへと収めた。血まみれの手だけは、制服の裾で適当に拭う。  辺りに目を配り、まず思ったのは。 「なんつーか、悲惨だな」  廊下のあちこちに血が飛んでいた。  誰も出血していないはずなので、全てカートリッジの血液だろう。カートリッジ作製の際には臭いも落とすので、血なまぐささは感じないが。 (確実に苦情来るな、こりゃ)  けんは使用後、周りを汚さないように解除しなければならない。でなければしんを狩るたびに、殺人現場みたいな状況をつくり出すことになるからだ。ちょうど今みたいに。  このありさまに、反省していないわけではなかったが。 (苦情の行き先はセシルか。ざまあみろ)  リュートは口のをつり上げた。自分自身もセシルから嫌みのひとつやふたつ言われるであろうことはこの際無視して、陰湿なふくしゅうしんに身を任せる。 (――と、そうそう。剣回収しねえと)  リュートは大事なことを思い出し、至福の時間を切り上げた。  元来た方へ戻りながら、廊下を見渡す。2体目のしんげんしゅつした時に落としたのだから、階段付近にあるはずだ。 「……ん?」  予想外の位置に探し物を見つけ、眉根を寄せる。  リュートが視線を向けた廊下。それよりも高い位置にけんはあった。  ひとりの女子生徒が大切そうにけんを抱え、こちらへと歩いてきている。  先ほどもめた排斥派の少女とは対照的な、ぼくとつとした雰囲気のある少女。  といって見た目に無頓着かというとそうでもないようで、肩先で切りそろえられた黒髪は、目を引くほどにきれいな光沢を放っていた。  階段でリュートと衝突しかけた女子生徒だったが、よくよく見ると見覚えがある。彼女はクラスメートだった。  少女はリュートの元までたどり着くと、無言でけんを差し出してきた。 「悪い、ありがとう」  リュートはそれを受け取ると、血の付いていないけんしんを指でなぞった。 「君が洗ったのか?」 「はい……余計でした?」 「いや、助かった。ありがとう」  おずおずと聞いてくる少女に再度礼を言い、けんを収める。  少女自身はさりげなさを装っているのだろうが、こちらの一挙一動を目で追っているのがバレバレだった。  リュートは姿勢を正して彼女を見返した。 「なんだ?」  少し硬い声音が、怒っているように聞こえたのか。 「え? い、いや。あの……」  手をもじもじさせながら、顔をうつむけた。おびえさせてしまったらしい。 
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