愚神と愚僕の再生譚
4.学校ウォーズ④ 関係ないですよ、立場なんて。
「いえそんな暴力だなんて、誤解です」
凜の腕から手を離し、両手を振って否定するリュート。
しかし未奈美は、ゆゆしき事態とばかりに眉をひそめる。
「天城君。こういうことは加害者側には自覚がなくても、振るわれた側にとっては暴力だったりするのよ」
「突然車道に突き飛ばされたりとか?」
「とにかく、なんらかの対処は必要ね」
リュートの皮肉は無視して、未奈美がきっぱりと言い放つ。
凜がにやにやと笑うのを背後に感じながら――正確には勝手な想像だが、間違いないだろう――リュートはこの場を切り抜ける術を探った。
教育実習生ができることなど限られているだろうが、この件が巡り巡って、権力をもつ排斥派の耳に届いたら多少厄介だ。
(取りあえず謝罪しとくのが無難か)
癪に障るが仕方ない。
リュートは気づかれないようため息をつくと、凜の方を振り返った。謝罪のために口を開き――
「――失礼、少しいいかね」
割って入った声に、口を閉じる。予想外の介入に、3人そろって声のした方を向いた。
声の主は廊下側の、開け放たれた窓の外にいた。
「口出しするのはどうかとも思ったが、もめているようなのでね」
温和な笑みを浮かべる、小綺麗な印象の中年男性。生物担当の鈴井だ。
彼は廊下の窓枠に手を置くと、外に見える中庭へと目をやり、
「私はたまたま、外から一部始終を見ていた。しかし天城君が暴力を振るう様子は見られなかったよ。角崎君がなにか誤解しただけではないかな」
鈴井は未奈美の実習を担当している。そんな彼に、さすがに彼女も異を唱えることはできず、
「……そ、そうですか。なら問題はないですね」
ややぎこちない笑みで同意した。
「誤解が解けてよかったですよ、月島先生」
リュートはここぞとばかりに、嫌みったらしく言葉をかけた。
「……ばっかみたい。呼びに来てやったのに、なんで私が気まずい感じにならなきゃいけないのよ」
ひとり不服を隠さない凜が、ふんと鼻を鳴らして歩きだした。
「私、先に行くから。あんた絶対来んのよ!」
(どこにだよ)
肝心の場所を告げずに去っていく凜に、内心突っ込みを入れる。今日は体育館の舞台が借りられると、演出の江山悦子が意気込んでいたから、たぶんそこに行けばいいのだろうが。
凜の姿を見送ると、リュートは鈴井に頭を下げた。
「ありがとうございます、鈴井先生」
「私はどちらかというと擁護派だからね。君たちのつらい立場は、理解したいと思っている。あの様子だと、角崎君は排斥派かな」
はははと笑う鈴井に、肩をすくめてみせる。
「関係ないですよ、立場なんて。ねえ月島先生?」
「え、ええそうね」
振られて、慌てて調子を合わせる未奈美。鈴井から見えないよう傾けた顔からは、悔しさがにじみ出ている。
リュートはぴんと来て、なるたけ殊勝に見えるよう話を切り出した。
「ところで俺、月島先生に折り入ってお話があるんです。少しお時間よろしいですか?」
「え? あ、いいわよ」
体面上うなずく未奈美だが、すぐに、しまったと口に手を当てた。
「あ、でも私、鈴井先生に授業日誌の提出が……」
「構わんよ、後でも。生徒の話に寄り添うのも教員の務めだ。聞いてやりなさい」
鈴井の許可に今度こそ逃げ場がなくなり、
「そ……うですね」
観念したように肩を落とす未奈美。
「じゃあ、そこの視聴覚室で」
リュートは、すぐそばの教室を親指で指し示した。
「では鈴井先生、失礼します」
「ああ」
辞儀をするリュートに鷹揚にうなずくと、鈴井は中庭へと戻っていった。
リュートも押しやるように未奈美を促し、視聴覚室へと足を踏み入れた。
教室の扉を閉めて電気をつけると、
「さあ月島先生。ようやくお話ができますね」
腕を組んで未奈美を見据える。
「私、やっぱり用事が――」
未奈美が退室しようと扉に近づくが。
ダンッ、と靴底を壁にたたきつけ、リュートは扉への道を足で塞いだ。これ以上はごまかしが利かないと示すため、未奈美をぎろりとねめつける。
「俺の緋剣返せ」
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