愚神と愚僕の再生譚
2.不干渉の境界線⑧ 僕は認めてない!
(来たのか⁉)
車の陰から身を乗り出すと、目が合った勇人はかぶりを振って、先ほど自分が隠れていた位置へと舞い戻った。
どうやら女が来たわけではないらしい。
「どうした? トイレか?」
勇人は再び頭を横に振り、道路の方をこそこそとうかがった。
リュートとセラもその視線を追って、車から顔をのぞかせる。
道路にいたのは、ベビーカーを押し歩く女性だった。いとおしそうに、ベビーカー――つまりは中に乗っているであろう赤子に、なにやら語りかけている。
凝視したまま固まっている勇人に顔を寄せ、セラがささやく。
「あなたのお母さん?」
彼はこくりとうなずいた。
「なんで隠れるんだよ」
「どうでもいいだろ!」
がなってから慌てて、両手で口を塞ぐ勇人。道を行く女性が気づいていないことを確認してから、子どもとは思えないほど嫌みたっぷりに言ってくる。
「お前ってデリバリーないよな。年上のくせに」
「悪かったなと言うべきか、それを言うならデリカシーだろと教えてやるべきか迷うところだな」
「それこそどうでもいいでしょ」
リュートを半眼で見据え、あきれるセラ。そのままなにも言わないのは、勇人の言葉を待っているのだろう。
幼いながらにその空気が分かったのか、ただ話したかったのかは知らないが、勇人がぽつりと口を開いた。
「母さんは、僕のことなんかどうでもいいんだ」
「そんなことないわよ。優しそうなお母さんじゃない」
勇人の頭をなで、セラが微笑みかける。自分も体験するはずだった、でも体験できなかったなにかを思い浮かべているような、そんな寂しさの混じる笑みだった。
と、勇人がバッと顔を上げた。セラをにらみ上げ、
「なにも知らないくせに! 母さんはサキのことばっかり構って……」
強く怒鳴ってから尻すぼみ的に、ぼそぼそとした物言いに変わっていく。
「サキってのは今の……お前の妹か?」
「僕は認めてない! 妹なんて別に欲しくなかった!」
声を潜めることも忘れているのか、ひとつひとつ、ぶちまけるように叫ぶ勇人。
リュートは腕を組み、苦笑いとともにうなずいた。
「――なるほどねえ」
「なによお兄ちゃん。気持ち悪い顔して」
「気持ち悪……お前ひど過ぎだぞ」
苦笑いを引っ込めて抗議すると、セラは澄ました顔でのたまった。
「気持ち悪いときは、ちゃんと気持ち悪いって言ってあげるのが家族ってものでしょ」
「じゃあお前のぶりっ子、たまに気持ち悪いってのも言ってやった方がいいか?」
「黙って」
黙った。
セラへの意見を封じられたからというわけではないが、
「まあ、そうだよなぁ」
リュートは勇人に共感のまなざしを向けた。
「お子さまはお子さまなりに、いろいろ悩みがあるんだよな」
「お子さま言うな!」
「あー悪い悪い」
いきる勇人に適当に謝りながら、リュートは思い出していた。勇人と同じ悩みを、かつて自分も抱いていたことを――
◇ ◇ ◇
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