愚神と愚僕の再生譚
6.友達のつくり方① 実に無様で見苦しい。
◇ ◇ ◇
プライドというものは、自分をつなぎ止める楔のようなものだ。ともすれば周りに流されそうになる世の中で、揺らぐことのない意志を形成するための土台となる。自分が自分であるために、プライドは必要だ。
しかし時にはプライドを捨てて、地べたに這いつくばってでも手に入れなければならないものがある。
という訳でリュートは地べたに這いつくばって、自動販売機の下に小銭が落ちてないかを入念にチェックしていた。
(あー。ったく、全然落ちてねえな。小銭ひとつ落とさないって、どんだけがめついやつらだよ)
自分のことは完全に棚に上げて、胸中でぼやく。と、
「っ痛」
後頭部を小突かれ、その勢いで自動販売機に額をぶつける。
地面に伏せたまま頭だけを振り返らすと、眼前に、嫌みなくらいピカピカに磨き上げられた靴があった。
「立ちなさい。実に無様で見苦しい」
リュートは上方からかかる声ではなく、とがった靴先に向かって、冷めた言葉を返した。
「追い詰めた本人がよく言うぜ」
大仰に立ち上がりながら、緩やかなローブの皺に沿うようにして、相手をねめ上げていく。
「あんたが今朝、財布の中身まで取り上げてくれたおかげで、俺は完全無欠の文無しになっちまったんだよ」
「それは大変だな」
この男が形の上だけでも謝意を示さないのは、まあいつものことだ。今更期待していたわけでもないので、リュートは気にせず反転した。もしかしたら掲示板に、新たな求人が紹介されているかもしれない。
が、歩きだすよりも前に、セシルに肩をつかまれる。
「そんな君に朗報だ。掲示板に張り出されていない、とっておきの学内バイトを紹介しよう」
「お断りだね。2年前と同じ轍を踏むかよ。もうだまされねえ」
「あれは正式な治験依頼だっただろう。副作用の可能性は、君も承知していたはずだ」
言外に自己責任をにじませる言葉にかちんときて、リュートは、肩に置かれた手を払うようにして振り返った。目をすがめて、
「軽い頭痛と吐き気はな。骨が小枝並みにもろくなるなんて、想定外過ぎんだろ。元に戻るまでの1カ月間、どれだけ苦労したことか」
「あれは実に愉快だったな。はたくたびに、小気味よく骨が砕けて」
「死ね」
呪って再度反転しようとするリュートの肩を、やはり再度つかんで引きとどめるセシル。
「感情にまかせて急くな。引き受けた方が君のためだぞ」
「拒否した方が身のためだね」
「それはないな」
「なんでそう言い切れる?」
「なぜなら君の承諾の有無にかかわらず、学長として申しつけるからだ」
「……んだと?」
反応するだけ相手を楽しませるだけだ。
分かっていても自然と眉はつり上がり、反抗的なトーンになる。
セシルは実に楽しそうに、
「学内バイトとして引き受けるなら報酬を支払おう。拒否するなら訓練生の責務として命ずるだけだ。その場合、当然報酬はない」
「…………」
「それで、どうするかね? 選ぶのは君だ」
選択の余地も意味もないのに、選べとのたまう。
「本当うっっっぜえやつ」
しっかり伝わるよう、リュートは精いっぱいの嫌忌を込めた。
◇ ◇ ◇
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