愚神と愚僕の再生譚
1.鬼神の少女③ もう抱き込まれたのか?
「さてどうするか。この世界の物に触れることができるのであれば、その分だけ懸念も増える。ひとまずは拘束・監禁が妥当だが……」
リュートの学生服を握りしめている少女を見下ろし、セシルが重々しく腕を組む。
訓練校一無情な男の視線を受けて、少女はリュートの背中に身を隠した。
「……やだ。あたし嫌だよリュー君」
おびえた声になにを思い出したのか。
背後の少女を逡巡するような瞳で見つめた後、リュートがセシルを向いて提案する。
「……もうちょっと柔軟な対応はできねーのか?」
「堕神かもしれない少女だぞ。我々の敵だろう」
「見た感じ、俺たちに危害を加える気はなさそうだぜ。それにこの娘が自分で思い込んでるだけで、堕神じゃない可能性もある」
「なんだ? もう抱き込まれたのか?」
「んなんじゃねーよ」
嘲るセシルに、顔を背けてリュートが言う。
「……誰だって、監禁なんてされたくねーだろ」
リュートの考えていることが、分からなかったわけではないだろう。
しかしセシルは、リュートの言葉ににじむ感情に、少なくとも表面的には気づいていないふうであった。組んでいた腕をほどき、妥協案を繰り出す。
「よかろう。今日の午後には少女の処遇を決める。それまでは、君たちが適切に世話をしてあげなさい。だいぶ気に入られているようだしな。ただし、くれぐれも内密に」
「? わ、分かった」
まさか意見をくんでもらえるとは思わなかったのか、たどたどしくリュートがうなずく。
「ご判断ありがとうございます。このような時間に失礼いたしました」
冷ややかに言ったのはセラだ。形だけは礼儀正しく頭を下げ、さっとセシルから距離を置く。そして、
「それでは失礼いたします――行くわよ」
セシルに送る以上の冷たい視線を少女に送り、歩きだした。
必要以上に厳しいまなざしに疑問が生じたが、セラが少女に厳然とした態度で臨むのであれば、都合がいい。
(まあ自分を偽って反逆した事実があるから、表面的な態度だけでは安心できないけどな)
そこは改めて自戒しながら、テスターは3人が退室するのを見届けた。
リュートとセラと少女。全員が部屋から消えたのを確認後、セシルへと向き直る。
セシルが眉をひそめた。
「どうした? まだなにか用かね?」
「学長」
こちらから切り出すまであくまでしらを切る様子のセシルに、テスターは望み通り切り込んでいった。
「もしかして、ご存じだったんじゃないですか? こういった事態が起きると」
「ほう?」
セシルは相槌を打つだけで、止めてはこない。
テスターは下を向き、赤く輝く緋剣の切っ先に目をやりながら、続けた。
「あの少女は、希少かつ重要な存在です。気に入られているからというだけで、いち訓練生に任せるなんておかしいでしょう。幽霊騒ぎの時も、セラには個別でなにかを伝えていらっしゃったようですし。全ての流れは織り込み済み……そのような印象を受けますが」
「どうだろうな。どちらでも構わないだろう? 大事なのは、あの鬼神を懐柔すればメリットは計り知れないということだ。明確な敵意を示せば滅すればいい……まあだからといって、無意味な気負いは不要だがな」
微苦笑の気配に顔を上げると、こちらの手元――緋剣を目で指すセシルの姿があった。
「なにかあれば通常の道具でも、物理的に押さえ込める。無駄に消耗することもなかろう」
「……そうですね」
少女は見た目は無力であっても、どんな力を秘めているか分からない、得体の知れない存在だ。その警戒心が空回りし、意義のない行為につながっていた。
(……いや、違うな)
堕神という存在に対し、緋剣がないと落ち着かない自分がいた。ただそれだけだ。
(緋剣がないと、堕神のそばにいることもできないのか、俺は)
思い至った情けない事実に、テスターは苦笑いを浮かべるしかなかった。
◇ ◇ ◇
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