愚神と愚僕の再生譚
3.爆ぜる理不尽⑦ できるかどうかは別の話だ。
「角崎反転だ!」
「またぁっ⁉」
慣性に振り回されながらも方向転換し、苦労して出てきたはずの校内へと戻るリュートたち。
ちらりと後方を見やると、堕神は地面より1メートルほど上の空間に立ったまま、周囲をうかがうように頭を振っていた。が、リュートの存在を嗅ぎつけたのだろう。数秒の間を置いて、こちらに向かって駆けだしてくる。
凜とつながったままでは、堕神の排除ができない。
(残魂をやり過ごしつつ、テスターが来るまで堕神からも逃げ続ける)
すべきことは分かっていたが、できるかどうかは別の話だ。もしこれ以上マイナス要素が重なれば、後々訴えられようがなんだろうが、それこそ手錠を壊すしかない。
などと考えながら、校内を突っ切り中庭へと出たところで、
「もう限界っ……」
凜が、がくりとスピードを落とした。
「おいっ、止まるな頑張れ!」
呼びかけるも彼女はすでに諦め、足を止めつつあった。
「くそっ、仕方ねえな!」
リュートは右手の緋剣に意識を集中した。血の刃が通常時の鋭さを取り戻す。
(こんなことなら、もっと特訓しとくんだったな……)
投擲された緋剣への意思干渉。
それが実行可能なレベルまでもっていけそうだと分かって以来、リュートは自主練に投擲を組み込んでいた。
だが現状では、直接斬る方がリスクも小さく手っ取り早いので――加えて、以前やってのけた血刃の大量生成が、実は女神の力添えのおかげだったと、神経を逆なでするような笑みとともに我らが女神様から教えられたショックもあって――ここ最近は正直身が入っていなかった。
それでもこの距離なら、試してみる価値はある。
緋剣を逆手に持ち替え、振り返り――
見えたのは堕神ではなく、視界いっぱいに広がる砂。
「しまっ……」
そういう懸念は抱いていたのに、堕神の幻出で焦り、失念してしまっていた。
目が痛い――というか熱い。いや、やはり痛い。感覚が追いつかない。
それでも身体は、最短最善の対処を取ろうとしてくれたようだ。目に入った砂を押し出そうと、ぼろぼろと涙がこぼれ出る。
「角崎、気をつけろ!」
反射的に閉じようとする目を無理やりこじ開け、リュートは凜に呼びかけた。
「どう気をつけろっていうのよ⁉」
「全方位満遍なくだ!」
無茶を言いながら、手錠の鎖がぴんと張るよう腕を引く。
この状況なら訴えられても、鬼排除のための特別条項が適用できるかもしれない。たとえそうでなくとも、さすがにもう提訴が怖いだのと気にしてられない。
限界まで研ぎ上げた緋剣を振り上げ、
「壊すなリュートっ!」
頭上からの警告に、慌てて手を止め顔を上げる。
かすむ視界の中、目に入ったのは、矢のごとき勢いで降ってくる緋剣だった。
リュートは凜の手を引き、後ろへと跳びすさる。
緋剣は定められた軌道を完全にたどり、リュートたちを追っていた堕神の脳天に突き刺さった。赤いゼリーパンチをぶちまけた時のように、堕神の《眼》がはじけ飛ぶ。
それだけでは終わらない。畳みかけるように、校舎2階の窓から少年が飛び降りてくる。
少年――テスターは、浮遊していた椅子を巻き込んで着地し、なおも動こうとする椅子の座面を右足で踏みつけ、こちらに向かって片手を挙げた。
「よっす。お前があまりにも頼りないから来てやったぜ」
「《眼》をまき散らしておいてよく言うぜ」
リュートは顔をしかめて、右の母指球を嚙み切った。堕神の《眼》が飛散した時さすがに全部は避けきれず、かばった右手が少し侵食されたのだ。
「そこにいたのがお前だからこその判断だぜ? 自分で言ってただろ、身体張るのが趣味なんだって」
「趣味じゃねえ」
一応指摘するが、案の定テスターは無視して、堕神のいた場所へと視線を転じた。堕神はすでに消滅しており、地面に捨て置かれた緋剣があるのみだ。
テスターは緋剣から地面に沿って視線を滑らせ、最後は自身の足元へと落ち着かせた。
「物体への干渉ねえ……どんどん厄介なことになってきたなー」
「そうだな……」
リュートは疲れた顔で肩を落とした。
テスターが押さえつけた椅子は、干渉リミットを過ぎたのか、すでに動きを止めていた。
なにはともあれ、ひとまずの休憩はできそうだ。
◇ ◇ ◇
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