愚神と愚僕の再生譚
4.学校ウォーズ⑥ それはさすがにズルいだろっ!
リュートは堕神のいた場所を駆け抜けると、助走へと切り替えて数メートルを跳び上がった。
伸ばした左手がつかんだのは、ボールよけフェンス。細い針金が指に食い込むと同時、硬いブーツの先端を無理やりフェンスの隙間に突き入れて、身体を支える。
(俺が地面に戻るのを待てるほど、堕神は気が長くない)
緋剣を右手に携えたまま、地面をにらみつける。
3秒……5秒……
(――来たっ!)
地面から弾丸のように、堕神が飛び出してくる。
リュートはフェンスを蹴って飛び降り、堕神とすれ違いざまに緋剣を振るった。
それ自体は、堕神の腕を浅く薙いだだけだ。が、地中からの不意打ちは有利に働かないと、堕神に感じさせることができれば十分だった。
空中で静止する堕神を、地に足着けてにらみ上げる。先ほどとはちょうど逆の位置関係だ。
そして――
「天城君危ない!」
リュートをかばうように両手を広げて、未奈美が前に割り込んできた。
「は……?」
眼前の背中をぽかんと眺めながら、訳が分からずリュートはつぶやいた。
「や、あの、そこ危ないぜ?」
「天城君は私の生徒なんだから。私が天城君を護るわ!」
「な……それはさすがにズルいだろっ!」
ようやく理解が追いついて、非難の声を上げるリュート。
教育実習生という立場上、未奈美はリュートの邪魔ができない。
が、生徒を護ろうとする実習生という建前を作ってさえしまえば、こうして大っぴらに邪魔ができる。
しかも表向きはあくまでリュートを護る体なので、これで彼女の身になにかがあれば、リュートがきつい責めを負うことになる。
「おい、危ないから早くどけっ!」
「大丈夫! 私は大丈夫だから!」
未奈美の肩に手を置き押しのけようとするが、彼女は頑として譲らない。
(くっそ、面倒な真似を……!)
なんにしろ、どかないならこちらから離れるまでだ。
リュートは堕神を引きつけるため、右方向へと跳ぶ――と見せかけて、強く踏み切り左へと跳んだ!
未奈美はリュートのフェイントに――微塵も引っかからず付いてきた。
「へ⁉」
完全に読まれていたらしい。初対面の時、跳んで引き離したことを思い出す。
(だからって俺は、一般人に行動を先読みされたのか……⁉)
多少なりともショックを受けつつ、リュートは次の行動へと移った。
未奈美はリュートの動きについてきたとはいえ、体勢を大きく崩していた。
彼女の格好はパンツスーツにパンプス。こちらに合わせて強引に動けば、体勢を崩すのも無理はない。
ここからさらに跳躍すれば、引き離すこと自体は容易だろう。が、そうもいかない理由があった。
(堕神が……)
もたついている間に、堕神はリュートの方へと迫ってきていた。そして両者をつなぐ線分上には、未奈美がいる。
くしくも、最近似たようなシチュエーションに陥ったばかりだ。ということはつまり、この後の流れも不本意ながら同様となる。
「つか少しは自己防衛しろよお前らっ!」
怒りをあらわに前へと踏み込むリュート。未奈美の前に割り込んで、己の身体全体を盾とする。
堕神が張り手のごとく突き出した右腕が、リュートの左肩を捉えた。
「……っ!」
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