愚神と愚僕の再生譚
4.終息する変事① どうせいい気味とでも思ってるんでしょ。
◇ ◇ ◇
「これでよし、と」
男子生徒が鍵を回すと、かちゃりと音を立て手錠が外れた。
「あー死ぬかと思った!」
すぐさま凜が、汚物を回避するかのごとく手を引き離す。
それを諦観というか達観の域に達した目で見届けてから、リュートも久々に自由になった左手を引き寄せた。散々痛めつけられた手首をさすりながら、助けてくれた男子生徒――確か田中といったか――に礼を言う。
「助かりました。すみません、授業欠席させてしまって」
電車の遅延により、田中は結局、午前中のほとんどの授業に出られなかった。
もう昼休みを回っており、ここ多目的室にも、中庭へ向かう生徒たちの声が届いている。
「それは別にいいよ、むしろサボるいい口実になったし。鍵を1個なくしちゃったのは残念だけどね」
手錠を片手に眼鏡をくいと押し上げ、田中がため息をつく。
「それはその……本当にすみません」
発見できなかった以上そうとしか言えず、リュートは深々と頭を下げた。
「まあもう少し探してみるよ。たぶん教室か、少なくともその近くにはあるだろうから」
「もし見つけたら必ずお返しいたしますので」
「うん、ありがとう」
社交辞令的に言葉を交わし、退室する田中の背中を見送ると、入れ違いにテスターとセラが入ってきた。それと明美に、なぜだか銀貨も。
「なんであんたたちが来んのよ」
ぞろぞろ集まってきた入室者たちを、凜が渋面で牽制する。実をいえば銀貨に関しては、リュートも似たような心境ではあった。
凜のまなざしに気圧されながらも、明美が口を開く。
「お昼、みんなでどうかなと思って」
「パンばっかだけど一緒に食べるか? 多めに買ってあるから、君ひとり分くらいなら足りるぜ」
テスターは、手にしたビニール袋を前に差し出した。袋をはち切れんばかりに膨らませているのは、どうやら購買のパンのようだ。
セラも――こちらは完全に演技だろうが――両手のひらを合わせて弾んだ声を上げる。
「そうですよ、せっかくですし交流を深めましょうっ」
「じょーだん! やっと自由になれたのに、なんであんたたちなんかと食べなきゃいけないのよ!」
テスターの手をはたき、教室を出ていこうとする凜。
リュートは慌てて制止をかけた。
「待てよ! まだ残――幽霊の件は片づいてないだろっ」
「っさいわね!」
「……狙われてるなら、龍登君たちといた方が安全だと思うけど」
感情が受けつけない正論を挟まれ、凜がきっと銀貨をにらむ。
それだけで銀貨は黙り込んだが、リュートは別のことが気になって銀貨を見つめた。次いで、明美へと視線を転じる。
彼女はリュートの顔――やらかした子どもにどう注意しようか、と困っているような――を見返し、わたわたと弁解しだした。
「ご、ごめんなさい。ついうっかり……でも山本君以外には話してないから」
「まあ、話すなとは言ってないしな」
別にいいかと息をつく。
残魂の成り立ちについては秘匿事項だが、地球人が『幽霊』についてどうこういうのは、神僕側からすると「好きにしろ」といったところだ。別に干渉することでもない。
が、凜の方は「別にいいか」とはいかないらしい。銀貨と明美を鬱陶しげに見ると、口をゆがめて吐き出した。
「そう、あんたらも知ってるんだ――どうせいい気味とでも思ってるんでしょ」
「そんなこと――」
「言っとくけど」
明美を遮り、凜が冷たく告げる。
「あんたたちにしたこと、悪いなんて思ってないから」
たっぷりふたりを睥睨した後、凜は教室を立ち去った。
それは自分の殻を必死に守っているような、どこかもろいかたくなさに見えた。
◇ ◇ ◇
応援コメント
コメントはまだありません