愚神と愚僕の再生譚
2.不干渉の境界線② 子どもの遊びに付き合ってられっかよ。
「……だけど、まずはその子どもをなんとかしねえと」
ワイシャツの袖に手を通しながら、リュートは嘆息した。
と、当の少年がすぐさま、セラの肩越しに突っかかってくる。
「子どもって言うな! 僕は勇人だ!」
「ユウト?」
「勇気ある人で勇人。カッコイイだろ!」
小さな胸を張る少年。
リュートは立てた膝に両肘を預け、少年を見上げて問いかけた。
「勇人。お前、迷子かなにかか?」
「違う! あと僕のことはご主人様とか勇人様と呼べ。お前はシモベなんだから」
「僕シモベってしつけえな。なんでそんなにこだわるんだよ」
「父さんが言ってた。守護騎士は地球人のために生きてるって。僕は地球人でお前は守護騎士。だったらお前は僕のシモベだ!」
「すっげーぶっ飛んだ理屈」
思わず乾いた笑いがこぼれる。
セラも、これにはさすがに苦笑の色をにじませ、
「だってまだ子どもだもの」
「子どもだからって馬鹿にするな! お前らだってミセーネンじゃん!」
「はいはいそうね、分かりました。それで勇人様、家はこの近くなの? よければ送ってあげるわよ」
気色ばむ勇人を軽くいなし、セラが立ち上がる。
「いい! それよりお前らと遊んでやるよ」
やたら自信満々な上から目線で、勇人。
リュートは見せつけるように、大きく息を吐いた。
「あのなあ、俺たちは忙しいんだ。子どもの遊びに付き合ってられっかよ。早く家の場所教えな」
「うるさい!」
勇人が叫び、右足を上げる。それはリュートの靴先に勢いよく振り下ろされたが、
「怪我してなきゃ、お子さまの一撃なんて痛くもないね」
リュートはにやりと笑みを返した。
「なんだよシモベのくせに!」
地団駄踏む勇人に、さらになにかを言ってやろうかと口を開き、
「子どもと張り合ってどうするんだよ」
テスターに頭を小突かれる。
彼は制服のボタンを外しながら、地下道の出口へと目を向けた。リュートが伝えた、女の去った方向だ。
「俺が女を捜してくるから、お前とセラは勇人を頼む」
その人選に、リュートは当然異を唱えた。
「なんで俺が子守なんだよっ? 俺が緋剣を回収する!」
「なんだかんだで、お前が一番懐かれてんじゃん。いいだろ、リュートに勇人。語呂もいいしきっと気が合うぜ」
「なんだよそ――」
抗議しようと立ち上がりかけたところで、ばさりっ、となにかが頭にかぶさってくる。
手を伸ばして取りのけ、リュートは閉じた視界を回復させた。
「これは?」
視線だけで見上げ、テスターに問いかける。かぶせられたのはテスターが着ていた、学生服の上着だった。
「お前いったん守護騎士の上着は脱いどけ。鬼が出たら、その怪我でまた狩る羽目になるだろ。俺の上着貸してやるからさ。学生なら対処義務はない」
滔々と言葉を重ねるテスターの、頭頂から爪先までをざっと眺めて。
「俺にはちょっとでかいんだけど」
「文句言うな。血まみれのワイシャツ姿で歩き回る気か?」
「つかお前は、上着なしでどうすんだよ」
眉をひそめて指摘する。
渡人は公の場にいる時、常にその所属が分かる身なりでいなければならない。
「襟の校章で言い訳は立つだろ」
校章の縫いつけられた襟を、ぴんと親指ではじき、テスター。
「んじゃまあ、そーいうことで。俺は緋剣泥棒を捜してくっから。勇人様の方よろしくな」
言い捨てるようにして手を振って、テスターは走り去っていった。
強制的に与えられた役割と共に、取り残され。
「仕方ねーな……セラ、俺らで勇人のお守りをするぞ」
深々とため息をつくリュートの腹に、勇人のキックが炸裂した。
◇ ◇ ◇
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