愚神と愚僕の再生譚
4.学校ウォーズ③ これはどうにも、相手が悪い。
腕をセラに預けておとなしく待っていると、明美が大口を開けて、あくびを嚙み殺すのが目に入った。
「寝不足か?」
「え? あ、うん。ちょっとだけ」
見られていたとは思わなかったのか、恥ずかしそうに口を閉じる明美。
「最近ハマった小説があるんだけど、シリーズがものすごく長くって。そういう時って複雑な楽しさだよね。たくさん読めるからうれしいけど、たくさん読まなきゃいけないから大変、みたいな。もう寝なきゃいけないけど、あと1ページだけが止まらないどうしよう、ページを繰るのすらもどかしいっ、みたいな」
「そうなのか? よく分かんねーけど」
同意を求める彼女には悪いが、課題以外ではろくに本を読んだこともないので、いまいちぴんとこない。
言っている間にも採血は進む。ホルダーに挿し込まれた採血管に血が流入していくのを横目に、リュートもあくびを嚙み殺した。
「――ちょっといつまでサボってんのよ⁉ 鈍臭いのは鬼狩りだけにしといてよね!」
(……相変わらず敵意全開なやつだな)
リュートは半目で、声のした方――教室後方の出入り口を振り返った。
「血ぃ抜くだけなのに時間かけ過ぎだし!」
ずかずかと乱暴な足取りで、女子生徒――角崎凜が教室に入ってくる。頭の上部で結んだ尻尾のような髪の一房が、荒ぶるように揺れている。
凜は有無を言わさずこちらの腕を取ると、
「行くよウスノロ!」
「ぅわ馬鹿! まだ注射針がっ……」
慌てて、腕に刺さったままの注射針を引っこ抜くリュート。変な場所に刺さったら、たまったものではない。
「それだけ採ればもう十分でしょ、ほら早く!」
唖然とするセラと明美の目の前で、凜はぐいぐいリュートを引っ張っていく。
教室を出ると腕は解放されたが、代わりに凶悪なまなざしで急かされる。
そのまま階段を下りて1階の廊下に差しかかったところで、見覚えのある顔とすれ違った。堕神を排除し、ちょうど戻ってきたところなのだろう。
「よっす」
すれ違いざまに、片手を上げて挨拶するテスターを、凜は一瞬じっと見つめ、
「ふん」
あからさまにそっぽを向いた。
凜が排斥派ということを考慮しても、有り余る敵意。リュートは思わず口を開いた。
「お前、テスターとなにかあったのか? 今日会ったばかりなのに?」
「関係ねーでしょ! 黙って歩きな!」
案の定すげなく返される。ご丁寧にグーパンチ付きで。
リュートの左肩に打ちつけた拳をどけながら、凜が毒づく。
「ったく。なんだって私が、わざわざあんたを呼びに来なきゃいけないのよ」
「助演出だからじゃねーか?」
「うるさい黙れ!」
凜が足を止め、再び拳を振り上げる。
「お前、そうやってすぐ暴力に訴えるのやめろよな。友達なくすぞ」
「余計なお世話よっ!」
拳を振り下ろす凜。
しかし二度も殴られるほど、こちらもお人よしではない。リュートは彼女の手首をガシッとつかんだ。
リュートがそれ以上のことをしないため、両者にらみ合ったまま、膠着状態へと突入する。
「ちょっと放してよ」
「お前が暴力的思考を改めたらな」
「だから余計なお世話だっての!」
つかまれた腕に、ギリギリと力を込める凜。今度ばかりは引かないリュート。
凜は嚙み殺さんばかりに犬歯をむき出し、こちらをにらみつける。
と、なにに気づいたのか、彼女はリュートを越えた背後へと視線をスライドさせた。
「先生助けて! 天城君が暴力を振るうんです!」
「この体勢でそれは無理あんだろ」
半ばあきれてリュートは背後を振り返った。こんないちゃもんを信じる教員などさすがにいないだろう。
(……こいつ以外は)
視界に入った彼女の姿に、あからさまに顔をしかめる。これはどうにも、相手が悪い。
「暴力? それは問題ね」
しらじらしい口調で近づいてきたのは、月島未奈美だった。
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