愚神と愚僕の再生譚
3.雲下の後悔⑤ なにがどうしてこうなっているのか。
◇ ◇ ◇
「くそ、まためんどくせえ所にっ……」
渡り廊下の屋根に飛び乗り、リュートは手頃な凹凸を壁に探した。
認識した次元のゆがみは屋上付近。
校内に3カ所ある階段のうち、屋上へ続くものはひとつだけだが、馬鹿正直にそこから向かえば遠回りとなる。加えて確か、屋上へ続く扉は封鎖されているはずだ。校舎の壁伝いに登っていく方がはるかに早い。
跳び上がって3階の窓縁に手を掛け、同時に足先で壁を蹴る。跳躍のさなか、窓の向こうに目を丸くした生徒たちが一瞬見えた。
リュートは同じ要領で4階の窓縁、屋上の縁へと上がっていった。
最後は勢いをつけ過ぎたのか、屋上を打ったブーツの底が甲高い音を立てる。リュートは着地もそこそこに駆けだした。
意識を研ぎ澄ます必要もない。白い巨人ははるか前方、屋上の角にたたずんでいた。
10メートルほどまで近づいたところで立ち止まり、リュートは堕神へと指を突きつけた。
「悪いけど俺今最高にいらついてっから、いつも以上に厳しくいくぞ!」
腰に手をやり足を踏み出し、
「――龍登君っ!」
「ぅどわっ⁉」
横手からかかった声に驚き、カートリッジを取り落としかける。
声で分かったというよりも、このウザさはこいつしかいないという決めつけで、リュートはぎんっと横を向いた。
左手にある貯水タンクの陰から、ひとりの男子生徒が顔をのぞかせていた。
「こんなとこでなにやってんだよ⁉ ここは立ち入り禁止のはずだろっ⁉」
「いやそのっ……」
全身を現しておどおどと手を振るのは、やはり山本銀貨であった。
(くそ、地球人がいたのかっ……)
封鎖された場所に人がいるはずがないという先入観から、周囲に気を配らなかった自分をリュートは恥じた。
「あの、たまたま――本当に偶然鍵が壊れて、別に悪気なくって、気が向いた時に来てるだけでっ」
まるで教師に叱責されたかのように、ぐだぐだとずれた言い訳を始める銀貨。
リュートはさらに声を荒らげた。
「とにかく引っ込んでろ!――まだ動くなよ、俺が鬼を引きつけてからだ」
再び前を見据え、念押しする。
本当だったら銀貨には校舎内に戻ってほしいところだが、そのためには堕神の前を通らねばならない。それはできれば避けたいところだ。
「俺が鬼を排除するまで、後ろに避難してろ」
「うん。でも、あの、その、あっちに角崎が……」
「は?」
言っている意味が分からず、屋上を見渡す。
リュートと、銀貨と、堕神と。屋上にはそれだけしか確認できない。
「角崎なんてどこにも…………ん?」
よく見ると、銀貨があっちと言った方向。リュートの右手の、屋上の縁。
そこに指が見えた。
まるで誰かが落ちそうになって、必死につかまってでもいるかのように。
「なあああぁぁぁっ⁉」
なにがどうしてこうなっているのか。
ここに至るまでの事情は全く分からなかったが、現状から瞬時に判断できることはあった。
つまりは、堕神を狩っている場合ではない。かといって放置するわけにもいかない。すでに堕神は、リュートの方に迫ってきている。
「ちっっっくしょう!」
リュートは地団駄を踏み、最善と思われる方法を採った。
「山本! 角崎を頼む!」
堕神に向かって駆けだす。震えを帯びた「わ、分かった」という返事を想定しながら。
「む、無理だよっ!」
「ああんっ⁉」
我ながら柄の悪い声。
足を止めずにぎろりと後方をにらむと、目に入ったのは最悪の光景。
「ぼ、僕には無理だ! 僕は角崎を見捨てたんだ! 最低なやつなんだ! 僕には無理だっ!」
あろうことか銀貨はこちらに背を向け、頭を抱えてうずくまっていた。言葉からなにか重大な葛藤があるのかもしれないが、叱咤激励する暇などもちろんない。
「ああもうくっそおぉぉぉっ!」
泣き声じみた声を上げ、反転する。
凜のそばまで駆け寄ったところで、リュートは手早く緋色の刃を創り出し、柄を口にくわえ込んだ。
渡人は地球人よりも筋力があるが、体重は、同じ体格の地球人の半分ほど。
凜が見た目通りの体重だったとしても、片手だけで引き上げるのは無理がある。
「うぅ……」
か細い声が耳に届く。縁をつかむ震える指から、力が抜けたように見えた、その時。
リュートの両手が、落ちゆく凜の右腕をつかんだ。
応援コメント
コメントはまだありません