愚神と愚僕の再生譚
6.守護騎士失格⑥ 『尊く、高貴』な女神様。
◇ ◇ ◇
「女神様、彼女の子どもたちです。彼女が適合したなら、この子たちも適合の可能性は高いかと」
後ろで、父がよく分からないことを言う。
リアムは隣を見た。あどけない顔で、3歳の妹がこちらをじっと見上げている。なにが起きているのか分かっていないようだ。説明してあげたかったが、まだ8歳のリアム自身、状況をよく理解できていなかった。
「妹だ。兄の方は、いずれ別の役割を担ってもらう……早く、時間がない。この女はもう喰いきってしまう……昔取り込んだ堕神の魂が、暴れて……」
苦しそうな女の声。決して大きくはないのに他のどんな音よりも、耳に、頭にはっきりと届く。
それは母だった。だが今は母ではなく、『尊く、高貴』な女神様。触り心地の良さそうな白いワンピースに身を包み、豪華な椅子に腰掛けている。
女神はリアムたちが『仕える』べき存在。この神室の主。絶対的に『正しい』存在。
だがリアムはそんな『女神様』に、例えようのない恐怖を感じていた。
いつも優しげだった母の目は、今は氷のような冷たさでもって、こちらに視線を注いでいる。リアムたち神僕が息をすることの是非すら、己が決めるのだという堅固な意思を感じるほどに。
母の姿をした女神は、続きを話そうとしたのか、口を開きかけ――突然リアムの目の前で、その身体をはじけさせた。
「母さん⁉」
あまりにあっけなくて、母は完全に消えたのだと最初は理解できなかった。
「小娘……貴様の命もらい受けるぞ」
どこからともなく響く女神の声に、心が震える。妹が泣きだし、腕を引っ張ってきた。
「お兄ちゃ――」
ぶつぎりに妹が黙る。その目から、顔から、見る見るうちに感情が消えていく。
リアムは直感した。妹は、母と同じになるのだと。
母と同じように消えるのだと。
今度は妹がいなくなってしまう。
「や……やめろぉっ!」
泣き声を上げながら、リアムは妹に体当たりをかけた。壁に頭を打ちつけ、倒れる妹。
「貴様、邪魔をするのか……また、邪魔をするのか!」
いまいましげな、何百年来の憎悪を込めたような声が頭に響く――いや。
頭の中から響いている?
「意識がない者には同化に入れない……不本意だが、貴様で手を打とう」
リアムは叫んだ。頭の中から響く声を、かき消すかのように。
「――っ! ――っ!」
目を閉じてもいないのに、視界が闇に染まっていく。
消えていく。自分というものが消えていく……
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