愚神と愚僕の再生譚
4.終息する変事⑦ 私は謝らない!
『お……前は、やっぱり、いじめ……加害者……性悪女だ……』
意外にも、後ろにいる凜からはなんの反論も聞こえてこない。よほど疲れ切っているのだろうか。
男の靄は、ゆがんだ顔を凜に向けて続ける。
『お前らは、しでかした、事の深刻さを考えない……10年経とうが20年経とうが、された側の記憶は薄れない……なのにお前らは、すぐに、忘れてしまう……お前らがいなければ、俺の人生はもっとより良いものになった……俺の人生は、駄目なまま終わってしまった……終わってしまった!』
その声圧で自身の靄すら吹き飛ばしてしまいそうなほどに、男は吠えた。
『ならせめてお前の悔悟を見届けなければ、死にきれないっ!』
「……つまり、角崎に謝罪してほしいってことか? 一体なにをだ? この男に関して謝ることがあるのか?」
リュートは残魂の意図を読み解こうとするも、つかみきれずにいぶかった。
答えたのはテスターだ。
「それに関してはまあ、ないわけじゃない――けど、違うと思うぜ。たぶんだけど、自分にじゃなく、山本に対して謝罪してほしいんじゃないか?」
「それ、意味あるのか?」
つまりは残魂にとって。
当てずっぽうの戯れ言かとリュートは流しかけるが、意外にも、残魂はテスターの発言に反応を示してみせた。
『……そ……だ。悔い、改めろ……』
力が弱まっているのか、靄が一度霧散しかけ、再び頼りなげに集まる。
「たぶん、意味があるとかないとかは、関係ないんじゃないかな」
遠慮がちに指摘してくる銀貨を、リュートは視線で促した。
銀貨はそれに勢いづけられたようで、たどたどしくも後を続けた。
「きっとさ、最後まで奪われたままな気がして、悔しくて。でも自分をいたぶった相手は、やっぱり怖くて……ぐちゃぐちゃでもう分からなくって……本当に、せめてたった少し、なにかだけでも取り戻したいんだよ」
残魂と感情を共有しているかのように、悔しげにうつむく銀貨。
「……どうすんだ?」
リュートはテスターに問いかけた。
恐らくはテスターの思惑通り、残魂は銀貨に高い共感を示し、単純な暴力に訴えるのを中断した。しかしそれだけでは終わらず、凜の――ここが一番難所のような気もするが――心からの謝罪を求めている。
問われたテスターはちらりと背後に顔を向け、ひどく簡素な物言いで尋ねた。
「君は謝罪する気ある?」
「……ない」
ずっとだんまりを通していた凜が発した返答は、シンプルに凜らしいものだった。
「私を痛めつけたいなら、そうすればいい……そうよ、山本。あんたがやればいい」
思いついたように顔を上げると、凜は戸惑いの色を浮かべている銀貨をにらみ据えた。
「あんたがやられたことを、私に全部やり返せばいい。そうすれば、幽霊だって満足するでしょ」
「角崎――」
「私は!」
なんとか諭そうと口を開くリュートに、凜は語気荒く言葉をかぶせた。
「私は謝らない! 謝ったって私は変わらない……自分がどんな人間なのか認めてしまえば、私は自分が嫌になる。変われないのに自分が嫌で……どうしようもできなくなる」
唇を震わせる凜は、今にも泣きそうな顔をしていた。歯を食いしばって必死に耐えている。
そんな凜にテスターは視線を注ぎ、自明であるかのように淡々と告げた。
「でもさ。君もうすでに、自分が嫌いなんだろ」
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