愚神と愚僕の再生譚
【第1章 神苑の守護騎士】1.守護騎士来校① ジャージー姿が体育教師であるとは限らない。
◇ ◇ ◇
(くそ、なんで俺がこんなこと……)
リュートは内心のいら立ちを押し殺し、集まる視線をかたくなに無視した。好奇の気配にはあえて気づかないふりをし、ひたすら前方だけを見据える。
視力が2.0を超えるリュートには、教室後方の黒板に書いてある文字が、はっきりと読めた。
担任教師が書き込んだであろう、4月の予定表。6日入学式、7日オリエンテーション……
そして今日――4月16日。
これだけは生徒の誰かが書き入れたのだろう。おぼつかない字体で『守護騎士来校⁉』と書かれている。
(ああそうだよ、来校だよ悪いかよ。こっちだって好きで来てんじゃねーんだぞ!)
心の中で毒づきながら、リュートは視線を右へとずらした。
隣では中年の男性――担任教師の飯島勝が、教卓に広げた黒いファイルをぱらぱらとめくっている。
地球人の高校について急ぎ集めた情報によると、体育教師の基本スタイルはジャージーとあった。
全身ジャージーのくせに担当教科は数学という飯島は、付け焼き刃の知識に初っ端から警告を与えてくれた。体育教師がジャージー姿であるからといって、ジャージー姿が体育教師であるとは限らない。
(挨拶のため教壇に立たせられたからといって、すぐに紹介してもらえるとも限らない)
胸中で皮肉り、じれた視線を飯島に送る。
(ったく、資料くらい先に用意してから呼べよな)
飯島個人に恨みがあるわけではないが、今はなんにでもけちをつけたくなる気分だった。
もっとも、ファイルに意識を集中している飯島は、リュートの訴えるようなまなざしに気づいてもいないようであったが。
「えーっと、ちょっと待ってくれよ……と、あったあった」
1枚のプリントをファイルから抜き取り、飯島がほっと息をつく。リュートも再び前を向いた。
「今日からこのクラスの一員となる、天城龍登君だ。見れば分かると思うが――彼は守護騎士だ」
途端、教室のあちこちからざわめきが起こる。
見れば分かるだろうに、と内心でつぶやくリュート。
鬱陶しいことこの上ないが、考えてみれば仕方ないことなのかもしれない。守護騎士が地球人の学校に通うなど、異例の事態なのだから。
と、飯島が手に持ったプリントを読み上げる形で、話を続ける。
「実は最近、この近辺――特に本校で鬼の幻出が急増してな。お前らは入学したばかりだから分からないだろうが、ざっと見積もっても数百倍にはなるそうだ」
数百倍。
その言葉に、ざわめきの波がまた広がる。不安そうな声もあったが、中には期待するような気配も混じっている。
リュートはそれを感じ取ると、頭を抱えたくなった。こいつらは分かっていない。
「で、その幻出頻度があまりに異常だってことでな。世界守衛機関本部は特例として、守護騎士を本校に駐在させることにしたそうだ。つまりはまあ、その守護騎士が天城君になるわけだが」
滔々と語っていた飯島はここでいったん言葉を区切り、生徒たち全員を見回した。
「このクラスに所属することからも分かる通り、天城君には襷野高校に、正式に入学してもらうことになった。だから彼は守護騎士であると同時に、ひとりの生徒でもある。今日はいないが彼のアシスタントも同様だ――という訳で気安く付き合ってやってくれ。世界守衛機関はこれを機に、地球人と渡人との距離を縮められないか、期待してもいるらしいからな」
飯島が話をする間、リュートは自分の顔がゆがまないよう抑えるので必死であった。
(こっちの気も知らないで、好き勝手言ってくれるよな)
正直、渡人と地球人の交流などどうでもよかった。別に地球人が嫌いなわけではないが、積極的に仲良くなりたいとも思わない。
と、横手から視線を感じる。
目をやると、飯島が物言いたげにリュートを見ていた。
それが意味するところを察し、リュートは生徒の方へと向き直った。後ろ手に組んだ指を落ち着かなく動かしながら、口を開く。
「リュ……天城龍登です、よろしくお願いします。大体の事情は今、飯島先生がご説明くださった通りなんですが……もうひとつだけ」
言葉を切り、ひとりの守護騎士として生徒全員を見渡す。
急に鋭くなったまなざしに気圧されたのか、生徒たちが息をのむ気配が伝わってくる。
「鬼が現れたら、早急にその場を離れてください。地球人が鬼の餌食となる可能性は、鬼の性質上まずありません――ですが、万が一にも地球人を危険にさらすわけにはいきません。必要と判断した場合は、やむを得ず強引な手段を取ることもありますが、ご了承ください」
丁寧ではあるが、少し突き放したような、事務的な声音。
今の発言が、自分とクラスメートとの間に溝をつくったのは明らかだ。飯島の気遣いも無に消えた。
「以上です」
素っ気なく終わらせると、リュートは飯島の方に顔を向けた。これで役目は果たしたと言わんばかりに。
「あ……えと、天城。お前の席は、前から3番目の窓際だ」
「了解です」
気を取り直すように言う飯島に答え、教壇を下りて席へと向かう。
その姿からは先ほどの威圧感は消えていたし、小柄な部類に入るリュートはむしろ、他の男子生徒よりも幼く頼りない印象を拭えない。が――
特殊繊維で作られた、軍服を模した青い制服。
右の二の腕できらめいている、黄金色の徽章。
規則正しいリズムで床をたたく、頑強なブーツ。
そして。
腰に下げられた、守護騎士の武器。
リュートの格好の全てが、学校という組織から浮いていた。たとえ書類上の入学手続きがなされていたとしても、他の生徒たちと分かつ明確な一線が、そこにはあった。
着席しても生徒たちの視線が絡みついてくるのを感じたが、リュートはそれに応えることなく、頰杖を突いて窓の外を見上げた。
煩わしい。なにもかもが煩わしい。
(あーむかつく。腹立つ最悪あのクソ野郎。だいたいなんで俺が)
瞳に怒りの炎をたぎらせながら、リュートは馬鹿みたいに晴れ渡る空をにらみやった。
(なんで訓練生の俺が、守護騎士の真似事なんかしなきゃなんねーんだよっ!)
◇ ◇ ◇
応援コメント
コメントはまだありません