愚神と愚僕の再生譚
【第4章 マネー! マネー! マネー!】1.極めて健全かつ堅実身近な資金調達方法すなわち学内バイト① 気の持ちようでなんとでもなる。
◇ ◇ ◇
その日は、なにかいいことが起こるような予感がしていた。
男子寮を出て晴れやかな空が目に入ったのも、セシルの処罰がここ最近控えめになっていたのも、全ては今この瞬間のための布石なのかと思うほどに。
(気持ちの問題なんだろーけどな)
第一運動場を左手に歩を進めながら、リュートは内心でつぶやいた。
(問題はなにを買うか……か)
そういった機会にはあまり巡り合ってこなかったので、思い浮かぶ候補も多くない。
ひとつ真っ先に浮かんだものはあるが、さすがにそろそろアレはないだろう。
(ま、実際店に行ってみればなんとかなるだろ。それこそ気持ちからだ)
そう、まずは気持ちから。
全ては気の持ちようでなんとでもなる。心は躍るし足取りも軽い。身に着けた学生服だって、楽しそうに風になびいている気がする。
やがて運動場やトレーニング施設を過ぎると、眼前にそびえるのは世界守衛機関本部棟。
裏側から見ただけでも、他棟とは桁違いに堅牢な造りであることが分かる。訓練校学長であり世界守衛機関総代表であり神僕の長でもあるセシルが居住しており、なにより神聖な『女神の間』がある建物なのだから、当然ともいえるが。
リュートの用があったのはそこ――ではなく、もう一歩先の場所だ。
道を曲がって本部棟の前に出ると、左手前にテニスコートや第2食堂、そして購買部が確認できる。
リュートは裏口から購買部の建物内に入り、そのまま奥まった場所へと進んだ。
目的のATMコーナーまでたどり着くと、学生証を財布から取り出す。訓練生の学生証はそのまま、キャッシュカードの役割も果たしているのだ。
(財布の中身も寂しくなってきたし、そっちもついでに下ろしとくか)
リュートはATMの読み取り口にカードを挿入し、タッチパネルで引き出し金額を入力した。
確認ボタンを押し――ビイィッ、と鳴り響いたエラー音に、眉をひそめる。
「? っかしいな」
どうやら気が急いて、手順かなにかを間違えたらしい。
再入力をする。が、再びエラー音。
リュートは独り合点を改め、画面上の詳細ボタンで警告文を表示させた。すると、
「……あん?」
画面には、預金残高ゼロのため引き出し不能と表示されていた。
◇ ◇ ◇
「どういうことだ⁉」
蹴り開けたい衝動だけはなんとかこらえ、リュートは乱暴に扉を開いた。
「君は本当に言葉が足りないな。開口一番の台詞がそれで、私に伝わるとでも思っているのか? 加えてここは総代表執務室だ。突然乗り込んできて、がなってよい場所ではない」
素っ気ない調子の声が、奥の執務机から返ってくる。そこでは銀髪の男性が書類の山を脇に、署名やら押印やらの作業を行っていた。
リュートは男――セシルの言葉を無視して、足音荒く室内に踏み込んでいく。机の上に両手をたたきつけると、上からすごむようにして、セシルに顔を寄せた。
「なんで俺の預金残高がゼロになってんだよ⁉」
「使い切ったらゼロになる。当然だろう」
書類から目を離さないまま、セシル。
リュートはさらに詰め寄った。
「だから! 使ってねえのにゼロなんだよ! 変だろおかしーだろお前の新手な嫌がらせだろ⁉」
「君は、物的損害を軽視する嫌いがある」
「……は?」
単刀直入に話を変えられ、調子が崩れて戸惑うリュート。
セシルはようやくペンを置くと、端麗な顔をリュートへと向けた。
「襷野高校からの補償請求、なかなかの額に上っているぞ」
「だからなんだよ。仕方な――」
「そこでだ」
がたり、と立ち上がることで、迫っていたリュートを押し返しながら、セシルは続けた。
「経費の節約とペナルティーを兼ねて、君の預金は補償に回した」
「はぁっ⁉ っざけんな勝手に回すなよ! だいたい俺はそんないろいろ壊してねーぞ!」
「水増し請求の隙を見せる君が悪い。請求書にほいほい署名するからこうなるのだ。それに清掃費用だって、積もり積もれば馬鹿にはできない」
セシルは机を離れ、広い室内をゆったり歩きだす。
その動きを目で追いながら自身は動かず、リュートは腕を組んでいらいらと指を動かした。
「じゃあ後で払うから、せめて数万は返してくれよ」
「そんな都合よく対処したら、ペナルティーにならないだろう」
「それくらいいーだろ。どうしても今必要なんだ」
「我慢しろ。そんなもの、気の持ちようでなんとでもなる」
リュートは足裏を蹴り、敏速にセシルとの距離を詰めた。彼の胸倉をつかみ上げ、
「馬鹿言え金だよ金がなきゃなんもできねーんだよ! いいからとっとと俺の金返せ!」
セシルは自分をねめ上げる目を見返すと――はっ、と、蔑みの笑みを浮かべた。
「あさましい」
「微々たる収入でやり繰りする学生から巻き上げるやつに言われたかねーよ!」
締め上げてやろうと力を込め――ふいに手応えがなくなり空振りする。と思った時には足首を払われ横腹を打たれ、床に押し倒されていた。とどめに背中を強く踏まれ、息が詰まる。
首をぎしぎしいわせ、顔だけでなんとか振り仰ぐと。
リュートから足はどけぬまま、ローブの乱れを直しているセシルの姿があった。
足首をひねりながら圧を加え続ける暴虐行為を傍らに、セシルが教師らしく、粛々と説いてくる。
「お金が欲しいなら、有償奉仕や、同好会が募集している学内バイトがあるだろう。欲しいものがあるのなら、対価をもって手に入れろ」
「だから、あんたには言われたくねーんだって……」
無様に床に突っ伏し背中を踏みにじられながら、リュートは悄然とうめいた。
◇ ◇ ◇
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